序盤戦3





  ざわざわという人の話し声が聞こえてきて、悠介の意識はゆっくりと覚醒していった。

  周囲ではクラスメイト達のざわめく声が聞こえる。うるさいなと思いながら体を起こし、

 眠たい目を擦りながら辺りを見渡した。

  そこに広がっていたのは、自分が慣れ親しんだ教室の風景だった。舞原中学に戻っ

 てきたのか? と一瞬思ったが、部屋の大きさや備品の種類などが舞原中学とは異な

 っている。それにここは自分達の教室と比べ、少し古ぼけていた。

  隣を見てみると、朝倉真琴(女子1番)が不安げな表情で後ろの席にいる荒月凪(女子

 2番)に話しかけている。

  どうやらこれは夢ではないらしい。真琴たちに限らず、ほとんどの生徒が慌てた様子で

 近くの生徒と話し合っている。何か不測の事態が自分達の身に起きたという事だろうか。

  この異常ともいえる状況で落ち着いているのは、黒崎刹那(女子7番)雪姫つぐみ(女

 子17番)、それに山田太郎(男子18番)くらいである。

  刹那は前の席にいる玲子が話しかけてくるのにも構わず、ただじっとクラスメイトの様子

 を観察してる。つぐみはいつもよりも厳しい目で椅子に座っていた。彼女のことだから、現

 状把握に努めているのだろう。

  残るひとりの太郎は意味深な笑みを浮かべ、腕組みをしたまま喋ろうとしていない。あい

 つは、何が起きているのか分かっているのだろうか?

 

 「ねえ、どうして私たちこんな所にいるの?」

 「俺たち新幹線に乗ってたはずだよな」

 「どうやってここに来たか覚えてる?」

 「くそっ、いったいどうなってるんだよ」

 「何よこれ。いったいどういう事なの? 先生は?」

  全員が目を覚まし、教室が騒然となるのにそう時間はかからなかった。

  突然新幹線の中から見慣れぬ教室に移動した事もそうだが、クラス全員の首に銀色の

 首輪が巻かれていた事が拍車をかけた。

 「みんな、静かにしたほうがいいんじゃない?」

  静かだが教室中に響き渡るような、圧倒的存在感を伴った声。ほぼ全員が口を閉じ、

 発言者であるつぐみ方を向いた。

 「騒いだってどうにもなんないし、とりあえず誰か来るのを待とうじゃない」

 「な、何でそんなに冷静なんだよ。お前は何が起きたのか知ってるんじゃないか?」

  声を上げたのは太郎の腰巾着である後藤拓磨(男子7番)だ。

 「ま、ある程度の予想はついてるけどね」

 「じゃあそれを言ってくれよ。俺たちはどうしてこんな所にいるんだ? いつになった

 ら帰れるんだ?」

  つぐみの顔に、わずかな陰りが見える。

 「……たぶんこれ、プログラムよ」

  その言葉で、教室が水を打ったように静まり返った。

 「プ、プログラムって、あの……」

 「そう、あのプログラム。だから言うの嫌だったのよ」

  つぐみが言うのを躊躇っていた理由はこれだったのだ。クラスメイトに下手な不安

 を与えないよう、自分の胸のうちにしまっておくつもりだったのだ。

 

  プログラム――毎年全国の中学生50クラスを選び出し、最後のひとりになるまで殺し合

 わせる『共和国戦闘実験第68プログラム』の事だ。大東亜共和国名物、子供による殺人

 ゲーム。

  毎年、全国の中学生2000人近くに訪れる理不尽な死。確立で言えば当たる可能性

 は非常に低い。県内の中学校からせいぜい一クラスだ。大勢には影響のない、ただの

 他人事だと思っていた。

 

 つい、昨日までは。

 

 「な、何だよそれ! ふざけるなよ!」

 「そうよ! 何で私たちがプログラムになんか選ばれなきゃいけないの!?」

  宗像恭治(男子15番)と渡辺千春(女子19番)の声が引き金となり、教室は再び喧

 騒に包まれた。

  騒ぎ出すのも当然だ。プログラムに選ばれたという事は、死刑宣告を言い渡された

 と同じようなものなのだから。

 「いや……私、私まだ死にたくない……」

  よほどの恐怖からか、長谷川恵(女子13番)は両手で顔を覆って泣き出している。気

 弱な彼女には耐え切ることができなかったのだろう。それに影響されてか、女子の何人

 かも泣き出しそうな雰囲気になってきた。

  恐怖。混乱。焦燥。教室の中は様々な感情が入り乱れ、収集がつかない状態になって

 いた。事実を確かめようにも、部屋の中には自分たち以外誰もいない。窓には鉄板が打

 ちつけられていて外の様子が見えないし、教室の前後に取り付けられてある引き戸には

 鍵か何かがかけられているようだった。

 

  つまり、ここからの脱出は事実上不可能だった。外からの情報が入ってこない以上、

 『プログラムに選ばれた』という言葉の真偽を確かめるのは難しいと言える。

  唯一の望みがあるとすれば、3組の担任教師、高峰誠治の存在である。彼は諸事情

 があるらしく自分たちと合流するのが遅れているため、今回の事態に巻き込まれずに済

 んだ。自分が受け持っているクラスの生徒が拉致されたと知れば、慌てて警察に連絡す

 るだろう。そうなれば自分たちは救出され、無事みんなのもとに帰れるというわけだ。

  もちろんこれは希望的観測に過ぎなかったが、プログラムに選ばれたなんて思い込む

 よりは気休めに過ぎない憶測を信じた方がよほどマシだった。

 

  ――しかしまあ、よく飽きずにぎゃーすか騒いでいられるな。そんな事したってどうにも

 ならないだろう、この状況じゃ。

 

  半ばパニック状態に陥っているクラスメイトを尻目に、悠介は席に座ったまま動かない。

 もしもこれがプログラムだったとしたら、今のうちに行動方針を立てておくべきだと思った

 からだ。

 「なあ、そろそろ加減にしてくれないか。この状況じゃ騒いだってどうにもならないだろう」

  太郎がうんざりとした様子で席を立ち、クラスメイトに向かって言い放つ。

  それに触発されたのか、クラスの中では兄貴肌の中村和樹(男子11番)も声を上げる。

 「俺も山田の意見に賛成だ。俺たちはどうやってここに来たかも分からないし、ここから出

 る事もできない。だったら会長の言うとおり、ここで誰かが来るのを待とう。俺たちを拉致

 したってことは、必ず何か伝えに来るはずだ」

  太郎と和樹が言うとおり、自分たちにできる事といったらひたすら待つ事だけだ。予期せ

 ぬ事態の連続で冷静さを失っていた生徒たちも、二人の言葉で幾分落ち着きを取り戻した

 ようだった。

  その出来事からひとり目を逸らしていた悠介は、教室の外からかすかに響いてくる足音

 を聞いた。腕時計に目を落とし、念のために時間を確認する。――11時00分。
                      
  ガラガラと大きな音を立てて戸が開かれ、悠介たちの前にひとりの女性が姿を現した。

 

 【残り38人】

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