序盤戦2





    先生たちの話を聞き、新幹線に乗り込んでから5分が経過しようとしていた。外の風

   景には新潟県の町並みが見える。この町並みもあと少しすれば、のどかな田園風景

   や鮮やかな緑を帯びた山々に変わり始めるだろう。

    喧騒が響き渡る新幹線の中、浅川悠介(男子1番)窓の外の風景を横にしながら

   特に何かするわけでもなく、黙って前の座席を見つめていた。

    新幹線が向かう先は東京。そこで解散し、決めておいたグループに分かれて都内

   の企業を訪問。その後でホテルに集合して夕食をとるというのが一日目の日程だ。

    新潟を出発したのが7時過ぎだから、約2時間も経てば東京駅に到着するだろう。

    もちろん、何も問題が起きなければ、の話だが。

 

 

    向こうに着くまでの約2時間、悠介は特にすることがなかった。MDを持って来ては

   いるが、2時間近く聴いていればさすがに飽きてくるというものだ。

    そんな悠介とは正反対に、一年と数ヶ月机を並べたクラスメイトたちは元気に騒い

   でいる。まだ出発して5分程度だ。当然だろう。

    新幹線の真ん中の方で元気に騒いでいるのは、戌神司郎(男子3番)君島彰浩

   (男子6番)前田晶(男子14番)宗像恭治(男子15番)といったクラスの中でも

    お調子者の部類に入る生徒たちだ。司郎は役者志望の生徒で、よく映画の話なん

   かをしている。彰浩と晶はサッカー部のFWコンビだ。部の中でも中心的な存在で、後

   輩から慕われているらしい。恭治は見た目が良くそれなりにモテるのだが、女癖が悪

   く何事も中途半端なため、あまり評判は良くない。

 

 

    それと同じくらい賑やかなのが、前の方の座席でトランプに熱を上げている朝倉真

   琴(女子1番)木村綾香(女子5番)高梨亜紀子(女子10番)緑川優(女子16番)

   といった面々だ。どこにでもいる、女子の主流派グループである。

    いつもの綾香ならば大野高嶺(女子4番)長月美智子(女子12番)村上沙耶華

   (女子15番)といった女子運動部グループと一緒にいるのだが、今は仲の良い真琴

   に誘われて離れているようだ。真琴と綾香は時折ケンカこそするものの、普段は仲良

   く話をしている。ケンカするほど仲が良いとはまさに彼女たちの事だ。

 

 

    通路を挟んで隣の席には、高橋浩介(男子10番)吉川秋紀(男子19番)霧生玲

   子(女子6番)黒崎刹那(女子7番)がとり憑かれたように本を読んでいた。四人が四

   人とも無言で本を読んでいるとは、ある意味異様な光景である。

    浩介は美術部に所属している中性的な顔の少年だ。親しみやすく明るい性格から、

   男女問わず友人は多い。秋紀はアニメとかゲームが好きな、いわゆる“オタク”と呼ば

   れる人間だ。しかし根暗なイメージはなく、誰とでも気軽に話すどこにでもいる男子中学

   生である。

   「あー、この作者勘違いしてるよ」

    秋紀は不満そうに眉をひそめ、手にした本をぺしぺしと叩く。

   「え? どうかしたの?」

   「この作者さー、MP5Kをアサルトライフルって書いてんだよ。P90をアサルトライフル

   とかAK47をサブマシンガンとかならまだ分かるよ? でもどう見たってMP5Kはアサ

   ルトライフルじゃねえだろ。ちゃんと調べてから書いてほしいよなー」

    秋紀は様々な分野に知識を持っている。ようするに雑学が豊富なのだ。そのせいか、

   たまに誰も入っていけない世界を展開することがある。

   「ちょっと秋紀、細かい事気にしすぎよ」

    見かねたのか、向かいの席に座っていた玲子が指摘を入れた。

   「細かい事じゃねーよ。大いに気になるってもんだ。気になって気になってストレスで死ん

   じまうかも」

   「……はぁ。もういいわ、勝手にして」

    相手をするだけ馬鹿らしくなったのか、玲子は本に視線を戻す。浩介もこういう事には

   慣れっこなのか、微笑みながらやり過ごしていた。

    悠介は、玲子の隣に座っていた女子生徒に視線を向けた。彼女だけは今の騒動に何

   の反応も示さず、ただ黙々と本に記された文字を追っている。

    黒崎刹那という少女は、舞原中学校の中でも一際目立っている人物だった。

    刹那は文芸部に所属している、少し大人っぽい雰囲気の女の子だ。常に冷静沈着で言

   動を乱すことなく、クールに物事を進めていく。実力テストでも常に学年トップで、おまけに

   容姿端麗ときている。何事も完璧にそつなくこなすが、それを鼻にかけることなく誰に対し

   ても平等な態度をとっていた。学年全体の憧れの対象。それが彼女、黒崎刹那だ。

    少し近寄りがたい雰囲気こそあるものの、彼女がたくさんの生徒と話しているところは悠介

   もよく見かけていた。自分とは正反対な人気者っぷりだ。

 

 

    少し手前に目をやると、大きな体が座席からはみ出しているのが見えた。柔道部に所属し

   ている二ノ宮譲二(男子12番)だ。彼のことだから、親友の望月晴信(男子16番)と他愛もな

   い話をしているのだろう。晴信は身体がが弱くて欠席しがちなため、小さい頃から譲二には世

   話になっているらしい。

    通路を挟んで隣の席では、ほんわかした印象の井上凛(女子3番)、柔和な印象の佐藤美咲

   (女子8番)、病弱で激しい運動を禁じられている清水翔子(女子9番)荒月凪那(女子2番)

   の手元を覗き込んでいる。ここからではよく見えないが、どうやら凪那の持ってきたノートパソ

   コンで東京の観光名所などを見ているらしい。コンピューター関係に強い凪那がパソコンを操

   作している姿は何度か目にしたことがあるが、まさか修学旅行にまで持ってくるとは。教師に見

   つかれば説教どころじゃ済まされないだろう。

    最後尾の方では、田中夏海(女子11番)長谷川恵(女子13番)牧村千里(女子14番)

   吉田葵(女子18番)渡辺千春(女子19番)が固まって座っている。千春はMDで音楽を聴いて

   おり、他の四人は修学旅行のしおりを開いて計画を煮詰めている。出発直後だというのに熱心

   な事だ。

 

 

   「ねえ斉藤くん、もう少し手加減してよ。さっきから僕だけ負けっぱなしじゃないか」

    同じく最後尾の席で、加藤辰美(男子5番)が携帯ゲームを手にしながら斉藤修太郎(男子8

   番)に声をかける。

   「そんなんお前が弱いからじゃんか。それに、わざと負けたら勝負にならないだろ」

   「それはそうだけど……」

    うな垂れる辰美。あの調子では、かなり負け越しているようだ。

   「あきらめなよ、辰美」

   「そうそう、弱いお前が悪い。だいたいレベルに差がありすぎるんだよ」 

    そばで様子を見ていた伊藤忠則(男子2番)鈴木透(男子9番)が口々に言う。

   「そんなぁ……」

    辰美は今にも泣きそうな顔になる。負けるのが嫌だったら勝負しなければいいのに。と悠介は

   思った。

 

 

    一通り周りを見渡し、悠介は座席にもたれかかる。

   「みんな楽しそうだな……」

    ほとんどの生徒たちはこの三日間で楽しい思い出を作り、修学旅行が終わった後で何度も

   話題にするのだろう。「あの時は楽しかったね」とか、「もう一度行けたらいいのに」とか。

    しかしそれも、親しい友人がいるからこそ成せるものである。悠介にはそれがない。不真面目

   で反抗的な態度ばかりとってる悠介には、楽しい思い出を作る友人が存在しなかった。他の生

   徒に比べてテンションが低いのもそのせいだろう。

    ――いや、悠介にも親友と呼べる生徒はいる。それは――。

   「ねえ、悠介くん」

    悠介の思考を現実世界に引き戻したのは、清流のように透き通った女子生徒の声だった。

   「……つぐみか」

    悠介の隣に座っていた雪姫つぐみ(女子17番)は、鞄の中から取り出したスティックタイプの

   チョコレート菓子を悠介に差し出してくる。

   「これ、今日新発売だったんだ。よかったら食べない?」

    少し逡巡した後、悠介は箱の中から数本を掴み取った。

    あれから一年。悠介とつぐみは親友と形容しても差し支えない関係になっていた。つぐみは生

   徒会選挙に立候補し、今や歴代ナンバーワンとまで謳われる生徒会長になっている。

   「で、どうしたの?」

   「何が」

   「さっき。何かぶすっとした顔してたじゃん」

   「俺がぶすっとしてるのはいつもの事だろ」

   「あははっ。まあそうなんだけどさ。ちょっと気になったから聞いてみた」

   「……お前、楽しそうだな」

   「まあねー。そりゃ修学旅行ですもんね。気分がハイにもなりますよ」

    感情を抑えきれないのか、つぐみの顔は子供のようににやけている。

                    

 

   「で、ちょっとは強くなった?」

   「何がだよ」

   「あれからよ。去年の今頃。忘れちゃったの?」

    出来れば忘れたい記憶だ。自分よりも力のない女子にいいように扱われたなんて誰かに知ら

   れたら、恥ずかしくて学校に来れなくなる。

   「どうだっていいだろ。つーかもうあの件には触れるな。思い出したくない」

   「私たちの運命的な出会いを思い出したくないなんて……お姉さん悲しいわ」

   「あーはいはい」

    また変なことを言い出した。悠介は辟易した顔を浮かべる。

   「その調子じゃ、あまり強くなってなさそうね。――ダメだなぁ、そんなんじゃ私を助ける王子様に

   はなれないぞ」

   「はぁ?」

    あまりにも馬鹿げた台詞に、悠介は呆けた声を漏らした。

   「ほら、おとぎ話でよくあるじゃない。お姫様のピンチに王子様が助けに来てくれるってやつ。

   あれって素敵だと思わない? 一度でいいからあんな体験してみたいなあ」

    つぐみが夢モードに入り、悠介は沈黙するしかなかった。

   「だからね、私のピンチには悠介くんが助けに来てってこと。女の子ならみんな憧れてるのよ。

   ピンチに助けてくれる王子様ってやつに」

    呆れるを通り越してすこし頭にきた。俺の都合は完全無視かよ、と言いたかったのだが、言っ

   たところでこいつが考えを改めるわけでもない。どうせ絶体絶命のピンチなんて来ないんだし、

   適当にあいづちを打っておこう。

   「はいはい、助けに行きますよ」

   「おっ、ほんとだな? 絶対だからね。忘れないでよ」

   「分かった分かった」

    ひらひらと手の平を返し、つぐみをあしらう。彼女は話を途中で終えさせられて不満げだった

   が、このまま話を聞いていると東京に着く前に体力が底をつきそうなので無視することにする。

                     

 

    このすぐ後に、悠介はクラスメイトの声や新幹線の走行音とはまた別な奇妙な音を聞くことに

   なる。その音の正体を掴む前に、彼の身体を強烈な眠気が襲った。

    周りを見てみると、クラスメイトが座席や通路に身体を倒していた。つぐみも自分の肩に頭を預

   け、すぅすぅと寝息を立てている。

   「何だ……これ……」

    異常だった。何の前触れもなく、クラスメイト全員が寝始めるわけがない。今はまだ朝の7時過

   ぎだぞ? なのになんで――。

    やがて悠介も、暴力的な睡魔に襲われて深い眠りについた。

                     

    悠介は知らなかった。眠りに落ちたのが、自分たち3組だけだということを。

    前後の扉を閉鎖され、この車両から出るのは不可能な状況に置かれていたことを。

    彼らの日常は、ここに終わりを告げた。

 

    【残り38人】

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