中盤戦:29





 浅川悠介(男子1番)は溜息をついていた。大野高嶺(女子4番)から聞きだしたE−3

エリアに来たものの、探し人である雪姫つぐみ(女子17番)の姿はそこにはなく、前田晶

と望月晴信の死体が転がっているだけだった。

 E−3エリアは午後七時に禁止エリアに指定される。悠介はその時間ギリギリまでエリ

ア内を探してみたが、つぐみはおろか手掛かりになりそうな物すら残されていなかった。

 悠介は今、C−3エリアにある丘に腰を下ろしている。休憩をとるためでもあるが、これ

からどうするべきか考えておきたかったからだ。

 

 真剣な面持ちを浮かべていた悠介は、おもむろと自分のデイパックを漁りだす。ゲーム

開始から既に二人の命を奪ってきたベレッタM1934の予備弾丸をどかし、その下に埋も

れていた物を取り出す。

 それは村上沙耶華に支給された武器、特定の生徒の居場所を聞くことができる携帯電

話だった。

 

 やはり、これを使ってしまおうか。悠介はそんなことを考えていた。

 できるだけ近くに来てからこの電話を使いたかったのだが、プログラム開始から八時間

近く動いて手に入った手掛かりといえば大野高嶺から聞き出した情報だけだ。自分の力

だけで探すというのは、あまりにも手間がかかりすぎる。

 思案の結果、悠介は携帯電話を使うことにした。このタイミングで使用すべきか少し悩ん

だが、何の手掛かりも得られず無意味に時を過ごすよりは効率的だと考えたのだ。

 

「……浅川くん?」

 電源を入れてダイヤルをコールしようとした悠介は、突如生まれた声と気配に息を呑ん

だ。

 表情を固まらせた自分の背後に女子生徒がひとり、武器も持たず無防備に立っていた。

 悠介はすぐさまベレッタをその女子生徒に向ける。その動作はもはや手馴れたもので、

ベレッタの銃口は女子生徒の眉間ぴったりにポイントされていた。

 だというのに、その女子生徒は驚くどころか逆にほっとしたような表情を見せた。

「良かった……もしここにいなかったら、どうしようかと思った」

 井上凛(女子3番)は胸に手を当て、安堵の気持ちを表した。つぐみや刹那のように特

筆すべき美人というわけではないが、優しさがにじんだ眼差しやほんわかとした雰囲気が

見るものの目を奪っている。

 

「お前、俺に何か用か?」

 悠介は銃を握りなおす。凛が怪しい動きをすれば、即座に撃つつもりだった。

「用って言うか、あの、その……」

 なぜか凛はもじもじとしている。何か恥ずかしいことでもあるのだろうか。

「私、浅川くんを捜していたの」

「俺を?」

 不思議に思った。凛はクラスの中でも目立たない生徒で、休み時間は図書室で本を読ん

でいるか牧村千里(女子14番)なんかと静かにお喋りをしていた。目立つ行動をとっている

わけではないが、その優しい性格からかクラスメイトには好かれていた。

 不良と呼ばれて一歩引かれている悠介とは正反対の人間だ。そんな彼女がなぜ自分の

ことを探しているのか、悠介には分かりかねていた。

 

「うん。だから、少しだけ話がしたいんだけど……ダメかな?」

 凛は恐る恐るといった様子で聞いてきた。殺されるのが怖いのか、自分に拒否されるの

が怖いのか。悠介には分からなかった。

「……少しぐらいだったら、別にいいけど」

 そう応えたのはいつでも殺せるという余裕の表れだろうか。悠介は凛から目を背け、彼女

が現れる前のようにぼけーっと宙を見つめる。

「座らないのか?」

「えっ?」

「座らないのかって聞いてんだよ。そのままだと疲れるだろうが」

 きょとんとした顔をしていた凛だったが、悠介の口調に押されてか言われるまま腰を下ろ

した。

 

「――で、話って何?」

 月明かりに照らされる丘、二人は地面に並んで座っている。凛は顔を少し俯けているが、

悠介は特に気にしていないようだ。

「浅川くん、今まで何していたの?」

 疑問符を疑問符で返されたことに少し腹が立ったが、悠介は正直に返答することにした。

「人を捜していた。プログラムが始まってから、ずっと」

「その捜している人って……」

 凛が言うより早く、悠介がその先を言う。

「つぐみだよ」

 その名が紡がれたとき、凛の表情に変化が表れた。痛みを我慢しているような、どこか

哀しい表情。

「そう、なんだ」

 もしかしたら、とあるはずのない望みを一瞬だけ抱いていたが、やはりそれは自分の自惚

れだったようだ。

「浅川くんは――」

 今にも消え入りそうな、悲痛さが漂う凛の声が悠介の耳に入る。

「会長のこと、好きなの?」

 

 風が吹いた。

 二人の髪がなびき、丘に生える草がさわさわと波打つ。

 

「…………」

 この年頃の少年少女なら誰しも戸惑いそうな質問なのに、悠介は驚きも戸惑いもせず、

ただ静かに目を瞠っていた。

 十秒が経過した。悠介は喋ろうとしない。

 二十秒が経過した。以前沈黙は続いている。

 三十秒が経過したところで、悠介はようやく口を開いた。

 

「――分からない」

「え?」

「だから分からない。自信が無いんだよ。つぐみは俺にとってとても大切な人だし、ずっと

一緒にいれたらと思ったこともある。だけどそれが世間一般で言う『恋愛感情』なのかどう

か、俺には分からないんだ」

 それは悠介にしてはとても珍しい、自分の想いを他人に――しかもつぐみ以外の人間に

言っている場面だった。

 悠介は凛の顔を見ながら、

「お前はどうなんだ?」

 と質問を浴びせる。

 

「あの、それってどういう……」

 しかしあまりにもアバウトな質問のため、凛はその言葉の意味を汲み取れずにいた。

「『好き』っていうのがどういうものなのかちゃんと分かってんのかって聞いてんだ」

 苛立ちを隠しきれず、少し早めの口調で付け加える。

 いつもの凛ならば身体を震わせて「ご、ごめんなさい」と言っているのだが、今の彼女は

動じることなくこう告げる。

「分かるよ」

 その声は少し震えていて、今にも消え入りそうなか細いものだった。それなのにとても強

い存在感を、その言葉から感じ取ることができた。

「だって私、好きな人、いるから」

 

 凛はスカートを強く握った手に視線を落としている。今は夜で俯いているから分からない

だろうが、彼女の頬はほんのりと赤く染まっていた。

「ふーん。まぁ、俺にはどうでもいいことだけど」

 それを聞き、凛は少し寂しそうな顔をする。

「話ってのは、その好きな奴のことか?」

「う、うん」

 ――ああ、そういうことね。

 照れくさそうにいう凛を見て、悠介はだいたいの事情を理解した。

 ようするに凛は好きな人を探していて、自分が死んでしまう前にその人に告白したいと思

っているのだ。自分に近づいてきたのも、その探し人を見かけたかどうか聞きたかったから

だろう。

 

「言ってみろよ」

「――?」

「その好きな奴」

「…………!!」

 ええっ、と大声を出しそうになった。

「何馬鹿みたいに驚いてるんだよ。名前分からないと始まらないだろうが」

「で、でも、まだ心の準備が……」

「そいつを捜しているんだろ? いつ死ぬのか分からないのにそんな悠長なこと言っている

暇なんかないと思うけどな」

 そう言われると、凛は何も言い返せなかった。

「……分かった。じゃあ、言うね」

 凛はすぅっ、と深呼吸をして、

「私、は、浅川くんのことが、好きです」

 

「…………は?」

 それは予期していなかった、あまりにも突然な告白。

「え。ちょちょ、ちょっと待てよ。それってあの、つまり――」

 悠介は突然の事態に戸惑っていた。いや、混乱していたと言ってもいい。何しろ女性から

想いを伝えられるなんて初めてのことだし、まさか自分が告白されるとは思ってもいなかっ

たからだ。

「今のことを言うために、俺を捜していたってことか?」

「…………うん」

 

 ――ど、どうすりゃいいんだろう。

 

 こういう場面は漫画やドラマなどで何度か見た事があるが、いざ自分がその身になって

みると何て言ったら良いのか分からなかった。

 つい数分前までは彼女を殺す気でいたのに、今ではオロオロして視線を宙に彷徨わせる

始末である。いつの間にか相手のペースに乗せられている辺りがなんとも情けないが、恋

愛経験が皆無の悠介にしてみればそれも仕方のないことだろう。

 

「…………」

「…………」

 二人の間にとてつもなく気まずい沈黙が流れる。精一杯の勇気を振り絞って言った反動

からか、凛は頬を真っ赤にして顔を俯けたまま動こうとしない。それとは対照的に、悠介は

落ち着きなくソワソワとしている。

「あのさあ」

 ややあって、悠介が口を開いた。

「俺って性格悪いし、授業サボったりしてるし、友達もろくにいないし、周りの奴らからは不

良だって言われてる。自分でこう言うのもなんだけどさ、女子から好かれるような奴じゃな

いと思うんだよ」

 凛が何も言ってこないことを確認してから、悠介は話を続ける。

「なのに、何で俺が好きなんて言うんだよ。中村とか斉藤とか宗像とか、そのへんが好き

だって言うんならまだ分かるんだけどさ」

 

 何を言っているんだろう、と思う。

 こんなことを言っている暇があったら、さっさと殺してしまえばいいのに。

 そうだ。早く、早く殺してしまわないと。

 これはプログラムなんだ。殺し合いなんだ。

 俺もこいつも、いつ死ぬか分からない状況にいるんだ。

 だから早く、こいつを――。

 

「何で……俺なんだ?」

 そんな思考を裏切るかのように、悠介の口は意思とは正反対の言葉を紡ぎ続ける。

「何でって言われても、その……」

 凛の悠介に対する気持ちは、決して嘘や偽りなどではない。はっきりとした想いが、彼女

の中にはある。だがその想いを言葉に表すということは、なかなかに難しいことだった。

「好きだから……」

 恥ずかしさからか、最後のほうは消え入りそうになっていた。

「だから俺のどういうところが好きなんだよ」

「かっこいいところとか、優しいところとか」

 悠介は思わず鼻で笑ってしまった。

「俺のどこがかっこよくて優しいんだよ」

「……クラスのみんなは分かっていないけど、浅川くんは優しいと思う」

 毎日ケンカをしているだとかカツアゲを繰り返しているだとか万引きの常習犯だとか、彼に

対する噂を挙げればキリがない。そしてその噂は、どれも物騒なものだったりする。

 噂というものはだいたいが根拠がなく、その半分が嘘の情報であったりする。悠介に関す

る噂もそれに当てはまるのだが、学校内での彼のスタイルはどちらかというと不良に近く、

その噂に真実味を持たせるのには充分だった。

 故に舞原中学の生徒のほとんどが、悠介に関する物騒な噂を事実だと受け止めている。

その噂を知るものであれば、彼をつかまえて『優しい』なんて言えるはずがない。

 

 それでも凛は思っていた。悠介は本当は優しくて、無意味に他人を傷付けるような人では

ないと。

 原因は些細な事だった。それに関わった悠介が忘れてしまうほどに。今起きている事態と

比べれば比較にならないほど、それは些細な出来事だった。

 

【残り29人】

戻る  トップ  進む

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送