中盤戦:27





 太郎と刹那が出会うほんの少し前に、時はさかのぼる。

「午後七時三十五分……男子4番今井俊介死亡、と」

 机の上に広がった書類に書き込みをしながら、今回のプログラム担当官である村崎薫

ふう、と溜息をついた。

「ご苦労様です」

 村崎の先輩である佐東がホットコーヒーを差し出す。村崎は「ありがとうございます」と礼

を言い、そのコーヒーを受け取った。

「プログラム開始から七時間半。ようやく生徒たちも軌道に乗り始めましたね」

 この場合の軌道に乗り始めたとは、殺し合いが進んできたという意味である。

 

 村崎たちがいる中学校の教室は生徒たちが出発した直後とは違い、多少の慌しさを纏って

いた。プログラムが進行すれば報告書や死亡者名簿を書かなければいけないし、今回のプロ

グラムに限っては新兵器のデータも事細かに記さなければいけないため、兵士たちが忙しそ

うにしているのも無理はない。

 特に、今回のプログラムの責任者でもある担当官――村崎に課せられた仕事は新人がこな

すにしては少し過酷な量である。

 

「例の武器の調子はどうです? 何か不具合が見られましたか?」

 佐東の質問に対し、村崎は先程書いたばかりの報告書を見ながら答える。

「えーっと……今のところ特に不具合はないですね。研究課から送られてきた資料通り、毒ガ

スは散布から五分ぐらいで空気中に分散したみたいですし、有効射程範囲もそれほど広くな

いみたいです。山田太郎を尾行していた吉川秋紀が死亡していない点から、あの武器の有効

射程はせいぜい十メートルほどかと考えられます」

 佐東はソファの上で猫と戯れながら、「うーん」と困ったような声を漏らす。

「毒ガスにしちゃ有効範囲が狭いですね。そのあたりはまだまだ改良の余地がありそうです」

「私もそう思ったんで、既に報告書に記入しておきました」

 村崎から手渡された資料を眺め、佐東は「いいじゃないですか」と頷いた。

「初めての仕事でこれだけできれば大したものですよ。資料のまとめ方も上手いし、あとは数

をこなして経験を積むだけですね」

「はあ……」

 

 今回のような思いをこれから先何度も体験しなければいけないと思うと気が滅入ってくる。

自分でこの職を選んだとはいえ、過去にプログラムを経験しているため同情や憐れみなどの

余計な感情を生徒たちに抱いてしまうのだ。

「ところで、村崎さんって本当に賭けに参加しないんですか? 兵士の皆も含めて寿司をかけ

てやるつもりなんですけど、村崎さんも良かったら――」

「結構です。佐東さんのご厚意は嬉しいんですけど、私は賭けに参加するつもりはありません

から」

 先輩に対しての言葉遣いとしては多少ぶっきらぼうなものだった。そこには分かる人には分

かる不快感も含まれている。佐東もそれに気づいているはずだが、特に咎めようとせず話を

続ける。

 

「今思ったんですけど、村崎さんってあまり担当官には向いていないのかもしれませんね」

「……なぜですか?」

「軍人は上からの命令には絶対に従わなければいけません。個人よりも集団を重視し、感情

に流されず任務をこなす。これが軍人としての基本的なことです」

 確かに、感情的で集団の和を乱すような人間はお世辞にも軍人に向いているとは言えない。

そういう軍人も探せばいるのだろうが、佐東が言ったような条件を満たしている人間の方が軍

人としては優秀なのだろう。

「中でもプログラムの担当官というのは、先程挙げた基本的なことが重要視されます。他の軍

人よりも多く『死』と触れ合わなければいけないわけですから、生徒に感情移入したり利己的

な判断で周囲に迷惑をかけるような人間は担当官に適していません」

「…………」

「村崎さん。あなたは生徒たちに過去の自分の姿を投影していませんか? プログラム経験者

のあなたに初めての仕事でそういう感情を抱くなという方が無理かもしれませんが、あなたの

場合はちょっとひどすぎる。この先、罪悪感を感じて担当官を辞めるなんてこともある得るん

じゃないかと心配しているんですよ」

 

 佐東は少し困ったような表情で、すぅっと窓の外に目をやった。黒一色に染まった空には、

無数の星たちが己の存在を誇示するかのように光り輝いている。

「今まで会ったことのない赤の他人が何人死のうが、そんなもの知ったこっちゃないんですよ。

痛いのも怖いのも苦しいのも全てあいつらなんです。僕たちじゃあない。生徒たちが死んだと

ころで僕たちの生活には何の支障も出ないし、彼らが死んだのは僕らの責任じゃない。だった

ら何しようがこっちの勝手なんですよ。プログラムに選ばれなくてもいつかどこかで死ぬ運命な

んですから、いちいち気にしていちゃキリがありません」

 佐東はソファから身を起こし、机に向かっている村崎の顔を覗き込んでニヤリと笑った。

「僕の言っていること、間違ってますか?」

 

 背筋がぞっとした。

 この人は、人がどれだけ死のうが全然関係ないんだ。

 ああ、そうなんだ。お気の毒だね。って思うぐらいで。

 誰がどれだけ死のうが、どうでもいいんだ。

 

「……私には、分かりません。佐東さんの考えが正しいのか、それとも間違いなのか」

 それでも、村崎は思う。

「だけど、人の死に対して何も感じない人間にはなりたくない。――それだけです」

 佐東の眼をじっと見つめながら、村崎は迷いも偽りもない自分の本心を口にする。

 

「……そうですか」

 佐東は頭を振りながら溜息をつき、ソファの上で丸まっていた猫を抱きかかえた。

「やっぱりあなたは、この仕事に向いていないですね」

「自覚しています」

「この先もっと辛い事があるかもしれませんよ?」

「覚悟しています」

「……辞めるのなら、今のうちですよ。後になって後悔しても遅いんですから」

「辞めませんよ。自分で選んだ道ですから、行けるところまでいってみようと思います」

 佐東はははっ、と声に出して苦笑した。

「あなたのそういうところは、この仕事に向いているんですけどね」

 

【残り29人】

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