中盤戦:25





 無機質な印象を与える墓石が立ち並んでいる中、今井俊介と鈴木透は懐中電灯の灯りだけを

頼りに辺りを散策している。墓地は静謐な雰囲気に包まれており、それは夜だからという理由だ

けではなく、ここが死者の寝床だからという理由も関わってくるだろう。

 花や供え物が置かれた墓石の前を歩きながら、二人は用心深く辺りを見回していた。前方に

立つ俊介が懐中電灯を持ち、H&K MP7を持った透がその後に続いている。いつどこから敵が

襲ってくるとも分からないため、二人の顔は強く張り詰めている。

 

 墓地を調べ始めて十分以上経過しているが、人影どころか犬の姿も見当たらない。聞こえるの

は自分たちの足音と息遣いぐらいだった。

 暖かみを帯びてきた夜の風が二人の脇を吹き抜ける。心地良い風だが、今の彼らにはそれを

味わっている暇は無かった。

 

「なあ、やっぱり誰もいないんじゃないか?」

 痺れを切らしたように、俊介が透に向かって話しかける。

「ここってそんなに広くないし、これだけ探して何も見つからないってなるとこれ以上探していても

無駄だと思うんだけど」

 俊介に言われ、透は「うーん」と言いながら時計に目を落とした。

「じゃあ、あと三分だけ探してみよう。もしかしたら見落としている所があるかもしれないし」

「分かったよ。しっかしよくやるよなぁお前も。俺はもう何もないと――」

 俊介の声はそこで唐突に途切れる。彼らの右手側――ちょうど寺の方向に位置する墓石の陰

に、ぼんやりと佇む人影を見つけたからだ。

 

「誰だ!」

 ベルトに差していたUSPを抜き、その銃口を人影に向ける。後ろに立っていた透も一瞬遅れて

MP7を中腰に構えた。

「ま、待って。撃たないで」

 人影から聞こえてきたのは、怯えた女性の声だった。言われた通り銃口を逸らした透とは対象

的に、俊介は以前と銃を構えたままだ。

「その声――吉田か?」

 墓石の陰から身を出したのは、デイパックを肩から提げた小柄な女子生徒だった。懐中電灯の

灯りによって浮かび上がったものは、真面目な優等生としてクラスメイトに認知されている吉田葵

(女子18番)の姿だった。

 

「お願い、殺さないで。私、やる気なんかじゃない。本当よ。信じて」

 見たところ、彼女は武器らしい武器を持っていない。やる気じゃないという言葉も嘘とは思えない

し、このまま銃を下ろしてもよかった。

 だが、彼女をこのまま信用してもいいのだろうか? 葵は熱心な愛国者で、大総統の教えは絶対

という人間である。プログラム自体を正しいと思い、やる気になっている可能性も無いというわけで

はない。

 どうするべきか悩んでいると、後ろにいた透が「吉田さんはどうしてここに?」と聞いてきた。

「私、プログラムが始まってからずっと向こうのお寺に隠れていたの。外に出るつもりはなかったん

だけど、さっき聞こえてきた声が気になって、それで――」

 つまり、彼女も自分たちと同じような理由でここに来たというわけか。

 彼女がここに現れた理由は分かったが、危険性が失われたというわけではない。俊介は銃を下

ろそうとせず、やや強めの口調で語りかける。

「吉田さん、君に支給された武器を見せてくれ」

「ちょっと俊介、吉田さんは――」

「透は黙ってろ。あいつがやる気じゃないって証拠がどこにある? 俺は死にたくないし、お前も死な

せたくはない。これがプログラムである以上、出会った人間はまず疑ってかかるべきなんだよ」

 透は何か言いたげな顔をしていたが、俊介の言い分が正しいと受け取ったのかそれ以上口を出

そうとせずに引き下がった。

 

 葵もやや憮然としていたが、言われたとおりにデイパックから武器を取り出した。

「――何だこれ?」

 その武器を見た率直な感想がそれだった。

畜圧式噴射機よ。農薬を撒いたりする時に使う道具。こんなので人を殺せるわけないでしょ?」

 確かに、こんな物で人を殺せるわけがない。灯油を撒いて相手を焼き殺すという方法もあるが、

それだと手間がかかりすぎるし、第一この暗さで炎を灯したら近くにいた自分たちが気づかぬはず

がない。

「武器はこれだけか?」

「これだけよ。いい加減信用してくれてもいいじゃない」

 度重なる俊介の言及に対し、葵は露骨な苛立ちを見せていた。

「あんたたちこそ、何でここにいるの?」

「吉田さんと同じだよ。俺たちもさっきの音を聞いてここに来たんだ。もしかしたら誰かいるかもしれ

ないと思って」

 警戒を解かない俊介とは違い、透は完全に葵を信用しているらしい。無謀とも言える彼の行動に

俊介は肝を冷やしていた。

 

「吉田さんは、俺たちの他に誰か見た?」

 葵は首を横に振る。

「残念だけど、プログラムが始まってから会った人間はあんたたちが初めてよ」

 一つのエリアから動こうとしなかった自分たちと同じように、葵もまたずっと寺に隠れていたのだ。

他の誰かに会っていないというのも当然だった。

「じゃあ、誰がやる気になっているかとかも分からないんだな」

 何が可笑しいのか、葵は「フン」と鼻で笑った。

「そんなの考えるまでもないじゃない」

「どういうことだ?」

「このクラスで殺し合いに乗りそうな奴なんて、ひとりしかいないでしょ」

 三人の会話が一瞬停止する。それぞれの頭の中に、ある人物の顔が浮かんできたからだ。

「――浅川、だな」

 

 浅川悠介。このプログラムでの最重要危険人物は、間違いなく彼だった。クラスの中で目立った

行動はしていないが、恐喝だとかケンカをしたとかの噂が後を絶えない。会長こと雪姫つぐみ(女

子17番)と話している姿をよく見かけたが、それ以外に誰かと話している場面は見たことがない。

 親しい友人がいない悠介は、クラスメイトを殺す事に何の躊躇も抱いていないのではないだろう

か。先程の放送で呼ばれた六人の誰かも、ひょっとしたら彼に――。

 

「もう気は済んだ? だったら私は帰らせてもらうわよ」

 言うが早いか、葵は踵を返して来た道を引き返そうとする。

「ちょ、ちょっと待ってよ。吉田さん、よかったら俺たちと一緒に――」

「いや」

 間髪いれずに、とはまさにこのことだろう。迷うことなく、葵は透たちとの同行を断った。

「あんたたちを信用していないってわけじゃないけど、私、やっぱり怖いもの」

「怖い?」

 俊介は怪訝に眉を寄せる。

「あんたたちが私を裏切って、殺そうとするかもしれないから」

 

「そんなこと――」

「するはずがないって断言できるの?」

 葵はきっぱりと言った。やる気はないが、透たちのことを信用していない。そんな態度が表れてい

る一言だった。

「…………」

 これには透も俊介も、何も言い返せなかった。完全にやる気がなく、出会った人間全てを信じられ

るかと聞かれればNOと答えざるを得ない。もしYESと答えればそれは嘘になる。猜疑心がない人

間なんて、この世に存在しないのだから。

「ほら見なさい。あんたたちだって、心のどこかでは私のことを疑っているんでしょう? 自分以外の

人間全てが敵のプログラムで『僕はやる気が無いです』って言ってくる奴の方がよっぽど怪し――」

 その声が唐突に途切れたと同時に、今まで何事もなかった葵の体が小刻みに震え始めた。

 

「吉田さん?」

 具合でも悪くなったのかと思っていた透だが、目を見開いて額に大量の汗を浮かべる葵を目にし

て俊介の顔を見た。

「おい、どうした?」

 俊介もおかしいと思ったらしく、彼女の肩を揺すって呼びかけを行う。だが反応は無く、それどころ

か苦しみの度合いが増していっているような気がした。

「ちょっ……吉田!」

 俊介がそう叫んだ直後、彼の隣でどさりという何か重いものが倒れる音がした。

 目を向けてみると、そこには葵同様苦しみの表情を浮かべる透の姿があった。

 

「透!」

 慌てて彼のもとに駆け寄ろうとした俊介だが、勢い良く足を踏み出した瞬間無様に転倒した。

「うっ……?」

 起き上がろうとするが、膝に力が入らない。

 いや、膝だけではない。全身に力が入らず、代わりに味わった事の無い痛みが体中に走ってい

た。

「うううっ……な、何だこ……ぐあああああっ!」

 体中を剃刀で薄く削ぎ落とされていくような痛みが走る。手足はぶるぶると震え、喉の奥がやたら

と熱く、何かが詰まっているような気がした。

「がはっ!」

 我慢できずに咳き込んだ俊介の耳に、「びしゃっ」という嫌な音が聞こえた。

 ねっとりとした赤い液体が、地面をはじめ自分の手や制服に付着していた。

「うあ、ああああああああああっ!」

「がっ、あああ、うがあああっ!」

 苦しみに襲われているのは俊介だけではなかった。透と葵の二人も同じような症状に襲われてい

る。

 

 苦悶の声は墓地に響き渡り、地面を叩く音や吐血の音が絶え間なく聞こえる。とてつもない濃度

の血臭が鼻腔を刺激していた。

 ――何だよ!何なんだよ、これは!

 異変は痛みや痙攣だけではなかった。ついには視界までもが霞み始め、距離感と平衡感覚がお

かしくなってきた。

 

「ちっくしょぉ……う、があああああっ!」

 何もしていなくても全身に激痛が走った。あまりの痛みに気がどうにかなってしまいそうだ。

「ぐうう……っ!」

 痛みに耐えながら必死に上半身を動かし、何が起こっているのか確認するため周りの様子に目

を配らせる。

「――――!」

 

 そして、俊介は見た。

 自分と同じ舞原中学の制服を身に付け、その手の中にグレネードランチャーを有したガスマスク

の男を。

 

 あいつだ。どうやったのか分からないが、あいつがこの症状を引き起こしたんだ。

 憎むべき相手を倒すべく銃を撃とうとするが、銃がどこにあるのか分からず俊介の手は空しく宙を

切るだけだった。

 

 声を出そうとしたが、唇から溢れてくるのは地面に広がっている赤い液体――血だけだった。

 動こうとしても動けない。激しい痙攣が全身を襲っている。視界は霞み、目の前にいる人物の姿

もはっきりと視認する事ができない。喋ろうとすれば声の代わりに血が出てくる。

 

 感じているのは冷たい地面の感触と痛み。間もなく訪れるであろう、永遠の闇。

 あれほど聞こえていた透と葵の呻き声が聞こえない。何かあったのだろうか? 俊介は怪訝に

思ったが、周りのことにまで気を回す余裕は今の俊介には無かった。

 

 そして、俊介は赤い地面に顔を埋めた。

 俺は、死ぬのだろうか。

 多分死ぬんだろう。あまり実感は湧かないけど。

 赤い。

 目の前が真っ赤だ。

 何も見えない。

 何も聞こえない。

 何も感じない。

 何も――。

 ――――。

 

 十分後。ガスマスクの男は俊介の体を爪先で突き死んだ事を確認すると、携帯電話に表示され

た時間を見て「そろそろだよなぁ」と呟いた。

 男は少しうざったそうな仕草でガスマスクを取り外す。長くも短くもない、『普通の長さ』としか形容

のしようがない頭髪が夜風に触れた。死体を前にしているというのに、彼の顔にはいつも通りの笑

みが張り付いている。

 目の前に広がる血の海とクラスメイト三人の死体を目にし、山田太郎(男子18番)はヒュウ、と口

笛を吹いた。

 

「うわー何これ凄え凄え。殺傷能力抜群とか書いてあったけどまさかここまでとは俺も思わなかった

なー。つーか人間がゴミみてぇじゃん? 殺虫剤ぶっかけられたゴキブリみてぇに死んでくんだから

見ていて実に愉快っつーか滑稽っつーか爽快っつーかまあなんでもいいやコンチクショウ!」

 二年、もしくは三年間机を並べた人間を殺害しても、彼は罪悪感というものを微塵も感じていなか

った。今彼の中にあるのは、自分に支給された武器を使用したことによる高揚感だけだった。

 山田太郎に支給された武器は、吉川秋紀(男子19番)に支給された首輪操作リモコン同様、この

プログラムにおいて最強の部類に入るものだった。

 

 太郎が手にしているものは、H&K HK69と呼ばれる小型グレネードランチャーだ。通常の榴弾

の他に非致死性のゴム弾を撃てたりと汎用性が高い。

 今回この武器に付属している弾も榴弾ではない。政府が対テロリスト制圧用に開発した毒ガスを

入れたもの――いわゆる毒ガス弾だった。

 

 致死性こそ高いものの、まだ改良の余地がある試験的なものである。バランス面で多少の不安が

残るものの、それらを補う威力を持っていた。

 太郎は知る由もないが、この武器はちゃんと実戦で使えるのかどうか。人間相手にどのような効

果を見せるのか。改良点はどこなのかなどのデータを取るために投入されたものである。

 そのため、戦闘意欲のない生徒の手に渡ったら何の意味も成さない武器だった。

 だが現実は、多くの生徒にとって最悪の、政府にとって最高の事態へと動き始めた。

 この武器を支給された山田太郎という少年は、完全にこのゲームに乗っていたからだ。

 

 太郎は無造作に転がっているUSPとMP7を拾い上げると、

「おいおいおいおいマジかよマジかよ。これってアレじゃね? 俗に言うサブマシンガンってやつじゃ

ね? 毒ガス使えんのにサブマシンガンも手に入れちまうなんて俺ってば運良過ぎじゃん。ってか運

命の女神様は俺の虜? つーかマジベタ惚れ? おいおいおいヤベーよマジヤベーよ何もかも上

手くいきすぎてんよヒヒャハハハハハハハハハッ!」

 夜空を仰ぎ、今までで一番大きな笑い声を上げる。

 

 ――間違いない。世界は今、俺を中心に動いている。

 

 傲慢とも言える思考を抱きながら、太郎は実に楽しそうに笑っていた。誰が死んだか、今自分が

どこにいるのかなんて関係ないといった表情だ。

 この瞬間の愉悦さえ味わえれば、他のことなどどうだっていい。そう思っているのだろう。

 笑い声と同調して、太郎の手の中にあるMP7から火花が噴いた。パパパパパッという小刻みな

音と共に無数の銃弾が吐き出され、俊介たちの体にぶすぶすと穴を穿っていく。

 狂ったような笑い声は一向に衰えを見せない。その狂笑は絶えることなく、太郎の体力がなくなら

ない限り永遠に続くように思えた。

 

 笑い声が、止む。

 疲れたからではない。背後に現れた何者かの気配を感じて。

 

「ハッハハハ……どこのどなた様だか知らねえがベリーグッドなタイミングで出てくるじゃねえの。

ちょうど今手に入れたこいつらの威力を試してえって思っていたとこなんだからなぁ」

 闇の中でも爛々と輝く殺意と歓喜の炎を瞳に宿し、太郎はゆったりとした動きで後ろを振り返る。

 全てを呑み込む暗黒のような瞳を持つ少女、黒崎刹那(女子7番)がそこにいた。

 

男子4番 今井俊介

男子9番 鈴木透

女子18番 吉田葵 死亡

【残り29人】

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