中盤戦:24





「なあ、本当に行くつもりなのか?」

 辺りを落ち着き無く見回しながら、今井俊介(男子4番)は前を歩く人物に声をかけた。

「…………」

 しかし返事は無い。

「おい透、聞いているのかよ」

「…………」

 口調を強めて言ってみたが、俊介の前を行く人物は振り向くどころか彼の声に反応すらしな

い。カチンときた俊介は声に怒気を込め、再び呼びかけを行った。

「おい、透!」

 そこでようやく、俊介の前を歩いている鈴木透(男子9番)の歩みが止まった。

 

「――ん? どうかした?」

 何事も無く言ってくる透に、俊介は軽い怒りを覚えた。

「どうかした? じゃないよ。人が呼んでいるんだからさっさと振り向けって」

「ああ、悪い悪い。――で、何か用?」

 俊介は肩を落として深く溜息をつく。

「だーかーらー、さっきから何度も何度も聞いているだろ? 同じこと何べんも言わせないでほし

いんだけど」

「ごめん」

「……まあいいや。で、お前本当に行くつもりなの?」

 それは先程から何度も口にしてきた台詞だった。そしてこの問いに対する透の答えも、質問の

内容と同じように一度たりとも変わっていない。

 

「うん。俊介が何と言おうと、俺は声がした場所に行ってみるよ」

 それだけ告げると、透は前を向いて再び歩き出した。振り返る一瞬、後ろにいる俊介は不満げ

な表情を浮かべたが、透はそれに気づかなかった。

 

 二人は今、平地が広がるG−8エリアを歩いている。所々に畑や樹木、農業用の器具が入って

いるであろう小屋が見受けられ、暗闇の中月の光りを浴びてどこか不気味な存在を示している。

 所々存在する遮蔽物の陰に誰か隠れていないかという不安はもちろんあったが、二人はそれ

ほど気に留めていなかった。

 

 その理由は、二人の支給武器にある。

 俊介に支給された武器はH&K USP。四十口径の自動拳銃で、オートマチックタイプの拳銃

としてはとてもベーシックな作りとなっている。

 透の支給武器は同じH&K社製のサブマシンガン、H&K MP7だ。サブマシンガンの中でも

軽量かつコンパクトな仕上がりになっている護身用向きの銃である。

 

 もし自分たちに支給された武器がナイフとか棍棒とかだったらもっと慎重に進んでいるのだろ

うが、銃器が二つ――それもサブマシンガンを持っているとなれば、精神的に多少の余裕が表

れてくる。科学部に所属しており、運動面はからきしの二人ならばそれは尚更だ。

 俊介と透が出会ったのは本当に偶然だった。プログラム開始後、どうしたらいいのか分からず

途方に暮れている俊介の前に、たまたま透が現れたのだ。同じ科学部に所属している二人は仲

が良かったためその場で合流、行動を共にする事になった。大きないざこざが起きなかったの

は、「こいつはやる気になる奴なんかじゃない」と双方が理解していたからであろう。

 

 それから二人は、このG−8エリアから動かずずっと身を潜めていた。殺傷能力が高く大抵の

クラスメイトを相手にしても有利に戦える武器を持っていながら、二人は殺し合いに乗ろうとはし

なかった。殺さなければいつかは自分が死んでしまうということは分かっているが、いきなり友

人を殺せといわれてもそう簡単にできるものではない。

 それに二人には、殺人に対する禁忌があった。恐怖に駆られて望月晴信を殺した前田晶や、

特定の相手を守るために敵となりうる生徒の殺害を決意した浅川悠介とは異なり、その点では

二人はまだ人間的な理性を残していたと言える。

 

 二人が向かっているのは、ここから南下した場所にある墓地だ。夜に墓地へなんて肝試しか

それ以外の特別な用事が無い限り行かないのだが、今回はその『特別な理由』が存在する。

 時を遡ること三十分前。木の陰に身を隠してこれからの予定を話し合っていた二人の耳に、

誰かが大声で叫んでいるような音が聞こえてきたのだ。その声は途切れ途切れだったが、

どうやら墓地のある方向から発せられたものだということは判断できた。

 それから少し後、透は音の正体を確かめようと言い出した。もしかしたら誰かが助けを求めて

いるかもしれないと透は言ったが、俊介は反対だった。アレが何かの罠で、誘い出された自分

たちが殺されたらどうするんだと。

 

 二人の主張はどちらも正しく筋が通っていた。危険を承知で真相を確かめに行くと言う透。

危険を冒してまで行く意味は無いと言う俊介。

 長い話し合いの末、折れたのは俊介の方だった。

 ――もし殺されそうになったら、どうするつもりなんだよ。

 俊介は前を行く透の背中を見つめながら、内心でそう呟いた。少し前に交わした話し合いでは

彼が折れる形になったが、俊介自身はそうしてしまったことを今になって後悔している。

 透は気づいていないようだったが、あのときの音は誰かが歌を歌っているように聞こえた。

もちろんこれは単なる憶測だが、もし本当に誰かが歌っていたとしたら、自分たちはまんまと誘

い出されてしまった事になる。

 いくらサブマシンガンを有しているからといえ、警戒心をなくしすぎるのも考えものだ。昔から油

断大敵とよく言うし、だいたいが銃を撃ったことの無い自分たちが上手くサブマシンガンを扱える

のだろうか?

 

 とにかく、不安要素を挙げればきりがない。その全てを解決しようとは思わないが、回避できる

危険はできるだけ避けて通るべきだと俊介は考えていた。

「やっぱり俺は反対だ」

 その声に透は足を止めて後ろを振り向く。真剣な面持ちをした俊介が自分を凝視していた。

「お前が何を考えているのか知らないけど、危険が大きすぎる。むざむざ死にに行くようなもの

じゃないか。今からでも遅くない。引き返そう」

 その言葉には答えようとせず、透は「まいったなぁ」といった感じで頭を掻いた。そしてわずか

に苦笑しながら、俊介に尋ね返す。

「なあ俊介。俺に兄さんがいるの知っているだろ」

 

「……は?」

 今までの会話と何の関係性も無い話題を振られ、俊介は混乱してしまった。

「うちって代々弁護士の家系でさ。父さんも爺ちゃんもひい爺ちゃんも、みんな弁護士だったら

しいんだ。俺の兄さんたちも当然弁護士を目指していてさ。小学生の頃から「僕の将来の夢は

お父さんのような立派な弁護士になることです」って言ってたんだよ」

「…………」

「当然俺も弁護士になれって小さい頃から言われてきてさ。親の言うとおりの勉強して、親の言

うとおりにこの学校に入って、親の言うとおりの高校に進学する予定だった。少し前まではそれ

でも良かったと思ってたんだけど、最近何だかそれって違うんじゃない? って思うようになって

きたんだよ」

 それまでとは違う真剣な雰囲気を漂わせながら透は語り続ける。

「だってさ、周りのみんなが自分の好きなように遊んで、自分の意思で進路を決めて、自分の

なりたい職業を語って――俺、そういうの凄く羨ましかった。何だかしらないけど、『ああ、いい

なぁ』って思った。親の言いなりになっている自分が、何だか惨めな気がしてきたんだ」

 透の瞳には、どこか悲痛で自嘲的な色が浮かんでいる。口を挟む事もできたが、俊介はあえ

て何も言わないことにした。透が自分の気持ちを語るなんて、付き合いの長い自分でも滅多に

見た事が無かった。

「親の敷いたレールに乗って弁護士になって、それは本当に俺の望んだ人生なのか? って思

うようになったんだ。もしかしたら、もっと別にやりたい事があるんじゃないかって」

 透は疲れた溜息のようなものをついて、薄っすらと目を細めた。

「だからさ。最後の最後くらい、自分の本当にやりたいことをやりたいなって思ったんだよ。別に

俊介の言うことが気に入らないってわけじゃないけど、俺はあの場所に行って、何があったの

か確かめてみたいんだ。もしかしたら誰かが怪我をして倒れているのかもしれない。その可能性

もあるから、確認しに行こうと思う」

 

 ひとしきり語り終わった透はハハハッと笑い、夜の闇に染まった空を仰ぐ。

「お笑いだろ? ようするに自分勝手だよ。こんな状況だからこそ協力し合わないといけないの

に、自分のことばかり優先しているんだ。俺は」

 肩から提げていたMP7を掛け直し、踵を返して墓地の方を向く。

「墓地には俺ひとりで行くよ。俺の我がままで俊介にまで迷惑かけるわけにはいかない」

 そう言って歩き出そうとした瞬間、俊介が透の手首を掴んできた。

 

「……俊介?」

「この、大馬鹿!」

 透の手首を握る手に力を込め、彼の瞳を覗き込むようにして大声で言った。

「なーにが『迷惑をかける』だ! 俺がいつ迷惑だって言ったよ。俺があの場所に行きたくなかっ

たのはなぁ、誰かがあそこにいていきなり襲われたらどうしようって考えていたからだ! お前の

我がままだとか、自分勝手だとか、そんなのは全然関係ねえの!」

「俊介……」

「だいたいな、そういうことは早めに言ってくれなきゃ困るんだよ。自分ひとりだけで解決しようと

して――そんなの、俺が怒るのも当たり前だろうが!」

 感情的になっているのか、俊介の口調は弱まるどころか逆に強くなっていく。

「お前がどう思ってるか知らないけど、俺とお前は友達なんだよ。友達だったら、もう少し俺を信

用してくれよ。お前がそんな事を思ってるんだったら、俺は多少の危険くらい我慢してやるから」

 一気にまくし立てて疲れたのか、俊介は荒い息遣いを繰り返していた。これ以上は喋ることは

何も無いらしく、押し黙ったまま動こうとしない。

 

 同じように沈黙を守っていた透が、ゆっくりと口を開いた。

「俊介、俺――」

「何も言うなよ、ほら、そんな暇があったらさっさと進むぞ」

 彼の言葉を聞こうとせず、俊介は透の手首を掴んだまま歩き出した。

「え、あれ? 君はあそこに行くのに反対なんじゃ――」

「いいんだよ。お前は墓地に行きたいって言い張るし、説得しても聞かないだろうからな。仕方が

ないから、俺もついていってやるよ」

 言葉とは裏腹に、俊介は全然嫌そうな顔をしていない。

「俊介……」

 先程とは異なり、透はとても嬉しそうな顔をしている。俊介の言葉に照れたのか、顔を少し俯け

ていた。

「君ってさ、案外良い奴だったんだな」

「何だよ、今頃気づいたってのか?」

 俊介は透の背中をバシン、と強めに叩いた。それは少し痛かったけど、どこか心地よいものに

感じられた。

 

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