中盤戦:23





 墓地。それは、全ての人間の終着点。

 宗教上の都合で墓の形などいろいろな違いはあるものの、葬儀を済ませた遺体はみな共通

して墓の中に入る。そして誰もいない土の中、永遠とも言える時を過ごすのだ。

 また墓地は、昼と夜とで別の顔を持っている。昼間は御参りに来る人間などで厳かな雰囲気

に包まれているが、夜になるとそれは一変しておどろおどろしい雰囲気に変わる。夜の学校や

病院などと同じように、暗闇の中から何かが飛び出してきそうな空気と言えば納得できるだろ

うか。

 

 地図上ではH−7に位置する墓地の中、吉川秋紀(男子19番)は墓石に身を隠しながら落ち

着きなく辺りを見回していた。秋紀がいる墓地は縦7、横7の割合で墓石が並んでおり、人ひと

りが身を隠すには充分な広さを持っている。

 

「はあ……もう帰りてぇ」

 秋紀は頭を抱えて深くうな垂れた。プログラムが開始されて七時間と少し。比較的冷静になり

自分のいる状況を理解できるまでにはなったが、そうそう簡単に体が適応できるはずがない。

今「まで何度も「こんなの嫌だ」とか「帰りたい」と思ってきたが、何度愚痴をこぼしたところで現状

がどうにかなるわけでもなく、結局のところ事態は進展せずに今に至る。

 こんな愚痴が何の意味も成さないことは秋紀も分かっていた。分かっていたが、口にして想い

を発散しないとどうにかなりそうだった。そうでもしないと積もりに積もったストレスが爆発し、自分

が自分でいられなくなるような気がして。

 

 秋紀は口こそ悪いものの、争い事を好まない温厚な性格をしている。普段から高橋浩介(男子

10番)霧生玲子(女子6番)らと一緒に行動していて読書やネットサーフィンに励み、運動はお

ろか外に出ることも少ない彼がプログラムで生き残れる可能性は少ない。事実、生徒たちの知ら

ないところで行われているトトカルチョの配当でも、秋紀の順位は下から数えた方が早かった。

 墓石の脇から顔を出し、前方の様子を窺う。

 自分が殺し合いに向いていないことぐらい秋紀は分かっていた。体力も低いし、ケンカが強い

というわけでもない。得意な運動があるわけでもなければ、友人の黒崎刹那(女子7番)のように

飛びぬけた頭脳を持っているわけでもない。

 

 だいたい、クラスメイト同士で殺し合えというのが無理な話だ。同じ場所で同じ時を過ごしてきた

人間と殺し合う。恨みを抱いているのなら別かもしれないが、自分はただの中学三年生だ。

 それでも、どこかで戦わなければみんな死んでしまう。殺し合いを拒否しても二十四時間のタイ

ムリミットが訪れれば、この首輪から毒薬が注入されてしまうのだ。ルール説明中に殺された二ノ

宮譲二(男子12番)のように、散々苦しみながら死んでいく。

 

 それだったら、銃で撃ち殺された方が楽かもしれねーなぁ。

 結局のところ、自分たちは殺し合いをするしかないのだ。このゲームは馬鹿げているが、それと

同じくらいよくできている。どこかに欠点があったとしても、それはとても小さいものだろう。だから

こそプログラムは何十年もの間、難攻不落の要塞として君臨し続けてきたのだ。

 例外と言えば1997年に香川県で行われたプログラムである。担当官と優勝者が何者かに殺さ

れて、二名の脱走者を出したと言う前代未聞の話。秋紀はその当時七歳だったが、連日ニュース

で報道されていたため記憶に残っている。

 

 こうなるんだったら、もっとネットでプログラムのことを調べておけばよかった。アングラ系のサイ

トを巡れば97年の事件について詳しく書かれているかもしれないし、反政府組織が運営している

サイトなら首輪の解体方法も載っていたかもしれない。

 

 秋紀は再び墓石の陰から顔を出し、十数メートルほど前にいる『対象』の様子を窺う。もう二十分

以上、あそこから動いていない。疲れが溜まって休憩しているのか、それとも何か作戦を立ててい

るのか。

 

「真っ赤な刀を振りかざしぃー気になるあの子を首チョンパ〜逃げてもムダムダ♪ ついてきます!

追いかけます! どこまでもぉ〜」

 薄暗い墓地にヘンテコな歌詞の歌が響き渡る。大東亜共和国で去年の十月から放送し始めた

戦隊ヒーローもののTV番組、『虐殺戦隊ジェノレンジャー』のOPテーマだ。メインの五人がちょっと

アレな人ばかりだったり、過激な描写のオンパレードのためPTAからのウケは最悪だったのだが、

子供たちの間で人気に火が付いてからは各年代にも飛び火し、今や社会問題にまで発展している

国民的ヒーロー番組だ。

 

 ――そういやあ、今週のジェノレンジャーって新登場のキャラが出るんだっけか。

 さすがはオタクというべきか、秋紀も毎週欠かさずジェノレンジャーを見ている。

 ここで死んでしまったら、もうジェノレンジャーを見ることもできなくなってしまうのか。不吉な想像

が脳裏に浮かんだが、秋紀はそれをすぐさま打ち払った。

 大丈夫。俺は死んだりしない。絶対に、絶対に生きて帰ってやる。

 

「殺意と欲望に身を任せ〜世界を揺るがすこの俺の、魂ぃ――」

 そんな秋紀の決意を台無しにする音程外れまくりの歌声。音痴なのに無駄に大声で、世界はとも

かくこの場の空気は揺るがしている。

 ――しっかしあいつ、緊張感ってものが無いのか? こんな所で歌ってたら誰かに見つかって殺さ

れちまうってのに。

 秋紀は辟易としながら、大声でヒーロー番組の主題歌を歌う男――山田太郎(男子18番)を見つ

めていた。その目は完全に冷め切っており、哀れみすら浮かんでいるほどだ。

 もしかして、こいつの後をつけていくのは間違いだったのではないだろうか?

 いや、今更そんな事を考えたって始まらない。他の誰かを見つけられるとは限らないし、探索中に

誰かに襲われてしまったら元も子もないじゃないか。

 結局秋紀は、プログラム開始直後に立てた方針のまま行動を続けることにした。

 

 本人も自覚している通り、吉川秋紀という人間は体力的に優れているわけでもなくケンカも強くは

ない。勉強は並程度で、秀でているものといえば読書により培ってきた数々の知識だけだ。

 しかし秋紀は、『自分の力でできる事』というのをよく理解していた。感情やその場の勢いに任せて

無謀な事はしない。

 その消極的とも言える彼の特性は、プログラムにおいて実に良い方向へ働いていた。

 秋紀は校舎を出た後すぐさま住宅地へ移動し、クラスメイトに見つかりそうに無い物陰に身を潜め

た。時折聞こえてくる銃声に怯えながら、秋紀はどうすれば生き残れるのかを必死になって考えた。

 その結果出た作戦は、誰かの後をとことん尾けていく、というものである。相手にバレないよう尾行

を続け、最後の二人になった瞬間に奇襲をかければいい。これならケンカの弱い自分でも優勝でき

るだろうし、自分の手を汚さずにゲームを進めていけるという利点がある。

 

 それに加えて秋紀に支給された武器は、担当官の村崎も使っていた首輪操作リモコンだった。有

効射程距離が五メートル、使用限度一回というデメリットもあるが、どんな相手でもスイッチ一つで倒

せる最強クラスの武器である。

 

 ――ハハハッ。俺も結構ツイているじゃないか。

 この作戦を思いついたとき、秋紀はそう思ったものだ。

 自分の手にはこれ以上ないほど奇襲に向いている武器がある。これはもう、神サマが俺にこの作

戦を実行しろと言っているようなものだ。

 

 作戦を実行する前に秋紀は民家に忍び込み、そこからまな板二枚と包丁、果物ナイフを手に入れ

ていた。服の下にまな板を忍ばせておけばナイフで刺されてもそれほど致命傷にはなりにくいだろう

し、包丁と果物ナイフを手に入れたのは武器が首輪操作リモコンだけでは少々不安だったからだ。

 だが、できればこれらの武器は使いたくなかった。包丁で攻撃すれば血がでるだろうし、こちらも

それなりの勇気がいる。血は苦手だしクラスメイトを刺す度胸も無いから、使う機会が来ないのなら

ばそれに越した事は無い。

 

 そして今から二時間ほど前に、H−3エリアで海を眺めている山田太郎を発見したのだ。

 ラッキーだと思った。こんなにも早く、尾行対象が見つかるなんて。

 太郎が何を考え、プログラムの中をどう生きようとしているのかは何も分からなかったが、それは

秋紀にとってあまり関係の無いことだった。太郎が何を思っていようが、自分は尾行だけをしていれ

ばいいのだから。

 それから現在に至るが、その間太郎は目立った動きを見せていない。尾行開始直後に聞こえた銃

声に反応はしたが、これは誰もがする普通の反応だ。現に秋紀も銃声のした方角に目を向けたし、

特に気にする必要はないだろう。

 それから特に何も起きず、現在に至っている。

 

「GO! GO! GO!GO! ジェノレンジャー! 俺らのモットー先手必殺!」

 どうやらクライマックスらしい。本人はライブ気分で大熱唱している。

「イェイ! イェイ! イェイェイェイ! ジェノレンジャー! 今日も昼飯丸ごとバナナ――!!」

 今までの人生で聴いたことのないもの凄いシャウトだった。近くにガラスがあったらカタカタと揺れて

いることだろう。実の娘に「お父さん汚い」と言われたサラリーマンがうっぷんを晴らしているようなパ

ワーだった。

「虐・殺・戦・隊――――ジェノレーンージャー! ウォ――――!!」

 凄え。お前凄えよ。敵わねえよ。俺なんかにゃとても真似できないよ。

 聞こえないように小さく拍手をしながら、秋紀はやっぱり別の誰かの後を尾けようかなと真剣に考え

始めた。

 

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