中盤戦:22





 時刻は午後七時を回り、プログラムの舞台である沙更島も夜の色合いが濃くなっていった。

 一条の光りも生み出さない暗黒は、生徒たちの心境を反映しているかのようである。

「ちくしょう」

 中村和樹(男子11番)は側に立っていた木をがつんと叩きつけた。眉根を寄せ、悔しそうに

歯を噛み締める。

 

 和樹の脳裏に、一時間前に放送された村崎薫の声が蘇った。無残に殺された二ノ宮譲二の

顔。それを目にした、信じられないといった望月晴信の顔。

 その晴信も、先程の放送で名前を呼ばれてしまった。あの村崎とかいう担当官は自殺はい

ないと言っていたが、本当のところはどうなのだろうか。自分たちを殺し合わせるための嘘か、

それとも本当の事なのか。

 

 いずれにしろ死人が出ていることは確かなようだ。プログラム開始後から何度も聞こえてくる

銃声が、それを裏付けている。

 ――あいつら、絶対に許さねえ。あんなに簡単に人を殺しやがって。その上俺たちに殺し合

いをしろだって? くそっ、人間の命を何だと思ってやがる!

 

 中村和樹は人一倍『死』や『暴力』といった言葉に敏感だった。クラスメイトが険悪な雰囲気に

なったら誰よりも先に場を落ち着かせ、殴り合いのケンカに発展した場合でも体を張ってケンカ

を止める。国内で起きた殺人事件などに対して軽はずみな台詞を言った友人を注意する。下手

をすれば鬱陶しがられたりクラスの中で浮いた存在になってしまうが、そうならなかったのは和

樹が真摯な態度でクラスメイトに接してくるからだろう。

 

 いつしか彼のイメージは、『鬱陶しい』から『優しい』というものに変わっていた。偽善と呼ばれよ

うと何だろうと、和樹はそのスタイルを貫き通してきた。その自然さが、周りの見る目を次第に変

えていったのかもしれない。

 心優しく統率力に優れ、自分よりも周りの事を第一に考える性格。気配り上手でクラスメイトか

らよく相談を受けている。

 

 そんな和樹がクラスメイトから頼られるのも当然のことだった。その証拠に、このプログラムで

彼を頼りにしている生徒は数多くいる(本人は知る由もないが)。

 今でこそ多くの人間に頼られているが、元来の和樹は引っ込み思案で勇気というものをほとん

ど持たない少年だった。ケンカになれば我先に逃げ出すし、気配りをするどころか友達もあまり

いなかった。

 

 そんな彼を変えたのは、和樹が小学校四年生のときに起きたある事件がきっかけとなる。

 初めにそれを聞いたとき、和樹は何が起きたのかすぐには理解できなかった。状況を受け入

れるより先に時間が進んでいき、『父さんが死んだ』と認識した時にはもう通夜が終わっていた。

 ハンギャクザイニヨリ、ショケイ。葬式の最中、隣に座る母親に「何で父さんは死んだの?」と

聞いたら、そんな答えが返ってきた。その時は意味が良く分からなかったが、成長するに従って

いって母が何を言っていたのか分かるようになった。

 

 ようするに自分の父親は、何らかの形で政府に歯向かって殺されたのだ。この国――大東亜

共和国での軍・警察の権力は絶対である。路上で反政府思想の人間を取り押さえている軍人に

向かって「やりすぎなんじゃないか」などと言おうものなら、その場で即射殺される。

 詳しい原因は未だに判明されていないが、父が殺される原因もそれと似たような事らしい。

 

 馬鹿だと思った。

 パッとしなくて、休日は家でごろごろしていて、母さんに蹴られたりして父親としての威厳なんて

全然見せたことがないくせに。

 たまに、めちゃくちゃカッコイイことをする自分の父が。

 今回のことだってそうだ。

 厄介ごとなんか目を瞑ってやり過ごせばよかったのに、下手な正義感を出して立ち向かって

行ったりするから。

 しかも自分が「カッコイイ」と思う場面は、決まって暴力に向かって立ち向かっていく場面だっ

た。オヤジ狩りの現場だとか、恐喝の現場だとか。

 そして決まって、自分が痛い目を見る。

 本当に、馬鹿な父親だった。自分よりも他人を優先して、結局損をするのは自分で――。

 だけど、カッコイイと思った。ああなりたいと思った。和樹の視線の先には、ずっと父の背中が

あった。

 だが、憧れと尊敬の対象であった父も死という存在の前には抗えなかった。何もできないまま、

自分の前から永遠にいなくなってしまった。

 

 死ぬということは、二度と目覚める事の無い眠りだと誰かから聞いたことがある。和樹は童心

ながらにそれを想像し、漠然とした恐怖に身を震わせたものだ。

 その時は、死というものがどういうものなのか良く分からなかった。

 父親の一件は、そんな和樹に『死』のイメージを鮮烈に刻みつけていた。

 

 それからの和樹は、他人を傷付けるような言動――とりわけ『死』に対して敏感になった。時に

は過剰と言えるほど『死』を恐れ、なるべくそれを寄せ付けない行動をとっていた。

 父親への憧れと、その父親を奪った『死』に対する潜在的な恐怖心。その二つが、今の和樹を

形作っていた。

 だから、普段親しくしている友人たちと殺し合うプログラムは彼にとって相性が最悪だった。

 いつ、どこから襲われるとも分からない現状。普段親しくしていた友人が自分に刃を向ける。

悩み、苦しみ、悲しみながら死んでいく友人たち。

 ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!

 和樹は心の中で叫び声を上げた。

 嫌だ。俺は死ぬなんて絶対に嫌だ! 殺すのも殺されるのもゴメンだ!

 

 和樹は大きく溜息をつくと、肩にかけていたポンプ式ショットガン(ウィンチェスターM1897銃

剣付き)とデイパックを地面に下ろし、短く生え揃っていた雑草の上に腰を下ろした。

 視界に入るのは夜になる寸前の空と深緑色の森林。遠くの方には灰色の建造物と馴染みの

深い日本海が見える。

 人の姿はなく、さわさわという草の擦れる音だけが聞こえていた。

 やはり、校舎の前で誰かを待っていたほうが良かっただろうか。少なくとも自分の後に出てく

田中夏海(女子11番)や、その後に出てくる長月美智子(女子12番)などは信用に足る人物

だ。彼女たちと合流していればもう少し違った今を過ごしていたのかもしれない。

 ――こうしていても何も変わらない。最初からあきらめていたら、何も変わらないじゃないか。

 

 和樹は大きく背伸びをした。とりあえず仲間を探そう。やる気になっていない奴を探して、どう

にかしてこのプログラムを中止させるんだ。これ以上犠牲者を増やすわけにはいかない。これ

以上、『死』の空気を濃くするわけにはいかない。

 和樹は地図を広げて今の位置を確認すると、脇に置いていたウィンチェスターとデイパックを

掴み取って再び歩き出した。

 

【残り32人】

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