中盤戦:21





「さあ、どうするの? 聞く? それとも聞かない?」

 亜紀子は催促するように右手を宙に差し出し、美智子に対して答えを求めた。     

「…………」

 一方の美智子は、まだ答えを出すのに戸惑っているらしい。その表情は心の葛藤が聞

こえてきそうなほどだ。

 

 彼女から情報を聞くのか聞かないのか。それについてはもう決断を下している。

 ただ、美智子は気になっていたのだ。

 なぜ高梨亜紀子は、自分に情報を提供してくれるのか。

 考えてみれば奇妙なことである。基本的に自分以外の人間は全て敵で、どんなに仲の

良い友人でも最後には殺さなければいけないプログラム。その最中に、相手を有利にす

る情報を与えるメリットはなんなのだろうか。

 亜紀子の情報屋としてのプライドがそうさせているのかもしれないが、それにしたって

些細な言動が命を左右するこの状況下でプライドもへったくれもないだろう。

 

 こいつ……一体何を考えているの?

 それは常日頃から思っていた。亜紀子は基本的に明るく飄々としている人物だが、彼

女がどういうことを考えているのかが、全くと言っていいほど予想できなかった。その場

の気分で考えを変えたり、思いつきで行動したりと何をやっても違和感が感じられない

のだ。捉えどころの無い性格、とでも言うのだろうか。

 

 だとすれば、彼女の真意が何なのかなんて考えるだけ無駄だということになる。それに

亜紀子が何か企んでいたとしても、自分自身の力でそれを切り抜ければいいのだから。

 脇差が下ろされるのと同時に、美智子の口から一つの答えが告げられる。

 

「高梨さん。高嶺と沙耶華を殺したのが誰なのか、私に教えてちょうだい」

 それを聞いた瞬間、亜紀子は嬉しそうに口元を歪めた。それはまるで、人の不幸を嘲

笑う悪魔のような笑みだった。

「そうこなくっちゃ。確認させてもらうけど、教えるのは二人を殺した犯人と、そいつが今

どこにいるか。これでいいわね?」

 美智子は黙って頷いた。なぜ亜紀子が犯人の居場所まで知っているのか疑問だった

が、言ったところで彼女が答えるとは思えないので口にしなかった。

 決意を込めた瞳を向ける美智子。それを真正面から見つめ、ゆっくりとその人物の名

前を告げる。

「じゃあ教えてあげる。二人を殺した奴の名前、それは――」

 まるで見計らったかのようなタイミングで、二人の間をさあっと風が通り抜けていった。

 

 林の中へと消えていく美智子を見送りながら、亜紀子はくすくすとほくそえんだ。

「ふふふっ。我ながら上手くいったわね」

 犯人の名を告げた瞬間の美智子の顔が蘇る。本人は平静を装っているつもりなのだ

ろうが、恨みと怒りが見る見るうちに広がっていくのが分かった。

 

 亜紀子は愉快でたまらなかった。自分の流した情報で他人の運命が変わっていく。自

分の情報に踊らされていることも知らず、必死に今を生きている。

 ――ああ、なんて滑稽なことだろう。

 亜紀子は私生活の中でも、善悪に関係なく様々な情報を操っていた。日に日に更新さ

れる世の中の情報を入手するのは並大抵の苦労ではないが、それもこの快感を得るた

めならばいくらだって我慢できる。今なら麻薬中毒者の気持ちも分かるかもしれない。

 

 情報を操作するという事は、この世の全てを操作する事だと亜紀子は思っている。この

世に存在する全てのものには情報が備わっている。自分がとこかの大国の秘密情報を

入手したとしたら、それだけで数百万人の命を無きものにすることも可能なのだ。

 情報は全ての頂点に立つもの。それを操る自分は、まさに『神』と同列の存在と言っても

いい。

 それが例え、プログラムという一時的な世界の中であったとしても。

 亜紀子は制服のポケットから、少し大きめの携帯電話のような物を取り出した。

 これこそが亜紀子に支給された武器、高性能情報探知機である。

 この武器はその名の通り、プログラムを有利に運ぶために欠かせないありとあらゆる

情報を手に入れることができるのだ。その主な機能としては、

 

・全生徒の現在地表示

・会場地図、及び禁止エリア表示

・死者が出た場合はリアルタイムで報告

・全生徒のプログラム中の行動履歴表示(被害者、加害者、支給武器など)

 

 が挙げられる。使い方次第ではマシンガンよりも強力な武器だ。情報を操る亜紀子には

これ以上ない武器である。沙耶華と高嶺を殺したのが誰なのかを知っているのも、この武

器のおかげだ。

 また、亜紀子は、美智子に対して『犯人が銃を所持している』という事実を伝えていなか

った。相手の武器が銃だと分かると美智子が怯え、復讐をあきらめてしまうと思ったから

だ。

 

 この事を伝えなかったことにより、事態は亜紀子の思惑通りに進んでいた。

 沙耶華たちを殺した奴は銃こそ持っているものの素の戦闘能力が低い。一方の美智子

は、銃を持ってはいないが剣道部に所属しているため基本的な戦闘能力が高い。お互い

の力は五分五分といったところだ。

 

 亜紀子が狙っているのは、『両者共倒れ』という結末だ。どちらか一人が死んでくれても

それはそれでいいのだが、戦闘能力が拮抗している二人が戦った場合、両者とも死亡と

いう可能性は決して低くはない。

 そうなれば、二人の武器は全て自分の物ということになる。最低限のリスクで大きな収

穫を得る事になるのだ。

 今のように情報を駆使して戦いを煽っていき、そして自分だけが生き残る。これが亜紀

子の立てた、プログラムの行動方針だった。

 

 生き残っていく上で荒月凪那(女子2番)を始めとする仲の良い友人の死を受け入れな

ければならないが、それは特に気にしていなかった。

 これはプログラムなのだ。たった一人しか生き残れない最悪の椅子取りゲーム。生きて

帰ると決意したのなら、他人が何人死のうが構うものか。他の奴を煽動していけば自分が

直接人を殺す事も、それに伴う罪悪感も少ないだろう。

 間近に迫る夜を感じながら、亜紀子は悪意に満ちた笑みを浮かべた。

 

【残り32人】

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