中盤戦:20





「そんな……」

 たった今流れた放送を聞き、長月美智子(女子12番)は呆然とした面持ちで呟いた。地図

を持つ手は震え、右手に握っていたボールペンがぽろりとこぼれ落ちる。

 

 沙耶華と高嶺が――死んだ?

 

 信じられなかった。だって二人は生きていたじゃないか。ほんの六時間ほど前、悪夢の始ま

りである中学校の教室で自分と同じように不安げな表情を浮かべ怯えていた。修学旅行へ向

かう新幹線の中で他愛も無い会話をして笑いあっていたし、去年の体育祭では一緒に出場

した騎馬戦で男子にも負けない活躍をしていた。高嶺の走っている姿は誰よりも優雅で、彼女

の出場する大会を観にいった美智子は高嶺の姿に見惚れていた。

 沙耶華の放つシュートは完璧そのものだった。その時の美しいフォームは、今も美智子の目

に焼きついている。

 

 美智子の口から声にならない声が漏れる。体は小刻みに震えていた。痛みではなく、寒さに

対するような震え。

「嘘……嘘よ。そんな事、あるわけが――」

 真っ青な顔を俯かせ、今にも泣き出しそうな声で呟く。

「だって、だって二人は……」

 生きていた。しかしそれはほんの少し前までの話で、美智子の呟きは現実逃避に過ぎない。

「嘘……嘘だよぉ……っ。何で、何で沙耶華と高嶺が……」

 脳裏に蘇る二人の姿。いつもと変わらぬ声、いつもと変わらぬ姿、いつもと変わらぬ態度。

 それらは全て、永遠に失われてしまった。彼女たちが喋ることはもう二度とないし、美智子

に笑いかけることも無い。美智子が憧れていた美しい姿は変わり果て、今はもう見る影もなく

なっているだろう。

 

 美智子は泣いた。両目を手で覆い、泣き叫びたくなる衝動を抑えながらも泣き続けた。それ

はプライドが高く、自分の弱さを他人に見せるのを嫌う美智子にとってとても珍しい事だった。

 この時だけ、美智子の頭の中にあるプログラムに対する事や自分の置かれている状況の

事はどこかへ吹き飛んでいた。今はただ、いなくなってしまった友人に向けて涙を流したかっ

た。死んでしまった二人にできることといえば、これくらいしかないから。

 

 ――できる、こと?

 

 美智子の心臓が、一度だけ大きく高鳴った。

 死んでしまった二人に、できること――。

 

 ドクン。ドクン。

 

 心臓の鼓動が聞こえる。一度停止した心臓が電気ショックで動き出すかのように。新しい生

命が産声を上げるように。その鼓動はどこまでも大きく、己の存在を誇示するかのように。

 そうよ。できる事――他にあるじゃない。

 美智子の中で何かが変わった。彼女の存在そのものは変わらなかったけど、存在を司る大

切な『何か』が変わった。それはまるで、雲ひとつ無い晴天からスコールが降り注ぐ空へ変化

したかのように。

 

 美智子は傍らに置いてあったデイパックを引き寄せ、その中から自分に支給された武器で

ある脇差を取り出した。剣道部所属の美智子にはおあつらえ向きの武器だった。

 ゆっくりと、脇差を鞘から抜き出していく。夕焼け空の下に現れた刀身は、鮮やかな銀色の

輝きを放っていた。

「沙耶華、高嶺。少しだけ待っていて。あなたたちの仇は、私がとってみせるから」

 脇差を鞘に収め、右手で強く握り締める。美智子の眼から悲しみの色は消え去り、憎悪と

殺意の煌きがその瞳を支配していた。

 いつしか美智子の中から、殺人に対する禁忌とかためらいというものはなくなっていた。彼女

の復讐心は理性を凌駕するほど大きく膨れ上がっているのである。

 

 復讐が何も生み出さない事を美智子は知っている。憎しみは悲しみを生み出し、また誰かが

傷つき、苦しむ事になる。

 だけど、この気持ちだけはどうしようもなかった。湧いてくるのは殺人者に対する憎しみだけ。

途方も無い負の感情が、美智子の体を突き動かす。

 そして――。

 彼女の想いは、別の歪んだ想いを引き寄せる。

 

「へえ、美智子ってやる気になってるんだ」

 何の前触れも無く、唐突にその声は来た。

「っ!?」

 驚きと同時に振り向いた先、彼方へと沈む夕陽を背に、ひとりの女子生徒が立っていた。

 女子中学生の標準を上回る美貌、下ろせばセミロングの髪はアップにまとめられ、活発そう

な彼女の印象をより際立たせている。どこか不敵そうな佇まいは、美智子の心を激しく動揺さ

せていた。

 それは舞原中学の情報屋として名を知られている生徒、高梨亜紀子(女子10番)に他なら

なかった。

 

「仇がどうのって言ってたけど……ひょっとして高嶺と沙耶華のこと? 二人を殺した相手を探

してるとか?」

「……あんたには、関係ないわ」

 美智子は脇差の切っ先を亜紀子に突きつけ、いつでも逃げれるよう後ろ足に重心を置く。

武器らしい武器を持っていない亜紀子と戦って負ける気はしなかったが、もしかしたらどこかに

隠しているかもしれないと思ったからだ。

 そしてその武器が銃であった場合、美智子の優勢は崩れ去る。いくら剣道部に所属している

美智子とはいえ、銃を相手に戦って勝てるとは思っていなかった。

「そうね。確かに関係ないわ。私は二人が死んだところを見たわけじゃないし、あなたと行動を

共にしてきたわけでもない」

 鋭利な切っ先を向けられているというのに、亜紀子の声からは微塵の気後れも感じられな

い。むしろ美智子の方が、得体の知れない不安感を抱いていた。

 この堂々とした態度、やっぱり銃を――?

 美智子の心中など知る由もなく、亜紀子は依然として余裕を感じさせる口調で続ける。

「だからあんたが『早くどこかに行って』って言えばそうするし、『仲間になって』って言えばそう

するつもり」

「あんた……何が言いたいの?」

 亜紀子はフフッ、と不敵に微笑む。まるで美智子がそういう反応をするのを待っていたかの

ように。

「つまり、私はあんたの言うとおりにするっていうことよ。現状でできることだったら、あんたの

申し出は受け入れるつもり」

 わずかな沈黙をはさみ、亜紀子は決定的な一言を紡ぎだす。

「例えば――『二人を殺した奴は誰なのか』、とかもね」

「――――っ!?」

 

 美智子は絶句していた。今しがた目の前の少女が発した一言は美智子の思考を一時的に

停止させるのに充分すぎる効力を持っていた。

 その停止状態を打ち破ったのは、亜紀子が告げた甘美な誘惑の言葉。

 こいつ、誰が沙耶華たちを殺したのか知っているの?

 だとすると、亜紀子はその殺害現場を目撃していたという事だろうか。もしくは瀕死状態の二

人を発見し、二人の口から殺人者の名を聞き出したとか。

「……の」

「ん?」

「それ、本当なの? 本当に、誰が沙耶華と高嶺を殺したのか知っているの?」

 唯一にして最大の懸念はそれだった。亜紀子は本当に、その『誰か』の正体を知っているの

だろうか?

「ええ、知っているわよ」

 表情に何の変化も見せず、亜紀子は答える。

「もう一つ質問。なんであんたはその事を知っているの? 沙耶華たちが殺される現場を見て

いたから? 誰かから聞いたから?」

「悪いけど、その質問には答えられないわ。言ったら私の持つアドバンテージが失われる事に

なるもの」

 

 これにより、美智子の中で亜紀子に対する不信感が一気に増幅する。答えられないのは

嘘をついているからではないのか。本当は殺害者の正体なんて知らないのではないのか。

「信じられないって顔ね。私がデタラメを言っているんじゃないかって思っている。違う?」

 図星だった。どうやらこちらの考えはある程度見透かされているらしい。

「信じる信じないはあんたの勝手。聞くか聞かないかもあんたの勝手。でも、これだけは言って

おくわ」

 胸に手を当て、自らを誇るかのような口調で告げる。

「私の武器は『情報』よ。知りたい人がいれば、その事に対する事実を相手に伝える。それが

例えゲームに乗った奴だったとしても、知りたい事があれば提供してやるつもり。私は、私の

情報を偽ったりはしない」

 亜紀子は最後に、「私のプライドにかけてね」と付け加えた。

 

 どうする?

 美智子は迷っていた。情報を手に入れるか否か。亜紀子を信じるか信じないか。

 亜紀子の情報が信頼に値するものということは、美智子も充分承知していた。中学生離れし

た情報収集能力を誇り、様々な分野に幅広い知識を持っている高梨亜紀子。彼女の手にか

かれば大抵の事は分かってしまう。

 

 現に美智子だって何度も情報を入手していた。あの子があの先輩を好きなのは本当なのか

とか、校長と教頭はなぜ仲が悪いのかなど、実に他愛も無い情報だったけど。

 とにかく、信憑性という面においては亜紀子の情報は揺ぎ無いものがある。問題はプログラ

ムの中でもそれが変わっていないかどうかだ。命が懸かっているとなれば、いくら亜紀子といえ

ど嘘の情報を流すかもしれない。

 

 どうする? どうする?

 美智子の頬を、一筋の汗がつうっとが伝っていった。

 

【残り32人】

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