中盤戦:17





 夕焼け空は、彼にとって一際思い入れの深いものだった。

 一年前のあの日、夕焼け色に染まる屋上が全ての始まりだった。

 あの日から彼の人生は変わった。それは決して特別な出来事ではなかったけど、彼という

存在に変化をもたらした出来事である事は確かだった。

 

 彼が潜んでいる民家は、F−2エリアにある住宅地のうちのひとつだ。この辺りのエリアは

病院や小学校といった施設があることから、島の中心部――住宅街であるということが見て

取れる。

 持ち前のピッキングテクニックを駆使して忍び込んだ家の中には、人の気配というものが

まるで感じられなかった。担当官の説明どおり、島の住人は強制的に退去を命じられたの

だろう。この家の他に何軒か忍び込んでみた(一応、出るときに鍵を閉めておいた)が、どの

家も同じような状況だった。

 

 夕闇が迫る空を見上げながら、浅川悠介(男子1番)はかすかな懐かしさを感じていた。

 この光景を見るたび、頭の中にあの場面がよぎる。あのときとは違う空なのに。似ている

けど違う景色なのに、どうしても思い浮かべてしまう。

 決定的に違っているのは、自分が置かれている状況だった。平和な日常ではなく、残酷な

非日常。死神が自分の背後に立ち、命を落とすのを今か今かと待ちわびている世界。

 本当にふざけている。何で自分たちが殺し合いをしなければいけないのか。自分たちが

何をしたというのか。今までの人生で一度も悪い事をしていないといえば嘘になるが、裁か

れるような大罪を犯した覚えはない。他の奴は知らないが、少なくとも悠介はそうだった。

 

 ――裁かれるような大罪、か。

 悠介は村上沙耶華(女子16番)の顔を思い出した。女子バスケ部の部長で、つぐみたち

と一緒に精一杯練習をしていた。明るい性格で、自分と違い男女問わずに人気があった生

徒だ。

 その沙耶華を、自分は殺した。

 銃弾を受け瀕死の状態に陥っていた沙耶華。止めを刺してくれと言われたとはいえ、彼女

を殺してしまった事に変わりはない。

 

 自分はもう、裁かれるべき大罪を犯している。罪の十字架を背負っている。そして、これか

らも――。

 悠介はちらっと時計に目を移し、今の時間を確認した。午後5時40分。あと20分で、島中

に最初の放送が響き渡るだろう。

 ――5人。いや、6人死んでりゃいいほうか。

 死亡者に対する大まかな予想を立てながら、悠介はこの家の冷蔵庫に入っていたリンゴ

ジュースを口にした。電気が落とされていたので冷えてはいないが、この際贅沢は言ってい

られない。

 

 ほどよい甘さを味わっていた悠介の耳に、カシャン、という物音が届いてきた。

 悠介は音のした方に顔を向け、音を立てないように立ち上がる。あちらは確か、仏壇が置

いてある和室になっているはずだ。この家に入ってきたとき、窓や扉の施錠は全てチェック

してある。誰かがガラスを割って入ってきたのだ。

 悠介がいる居間と和室は廊下を隔てて二つの扉しか離れていない。和室から入ってきた

のなら、真正面に位置するここに入ってくるだろう。

 ぎしっ、ぎしっという畳を踏みしめる音が聞こえてきた。その足音は少しずつ、しかし確実に

悠介のいる居間へと近づいてくる。

 悠介はベレッタのグリップを握り締め、ソファの陰に身を潜めた。心臓はひどく高鳴り、ベレ

ッタを握る手は汗ばんでいる。

 

 くそっ。悠介は心中で吐き捨てた。俺ってこんなに度胸が無かったのか。普段かっこつけて

いるくせに、土壇場で震えちまうなんて。

 ベレッタを一旦床に置き、汗ばんだ手をズボンに拭いつける。大きく息を吸って気を落ち着

かせると、再びベレッタを手に取った。

 

 やる気になっているなっていない問わず、悠介は侵入者を殺すつもりでいた。彼が立てた

プログラムの行動指針は、『つぐみを護るために他の生徒を殺す』という分かりやすいもので

ある。自分とつぐみ以外の人間は全て敵。見つけて、でき得る限りの情報を集め、殺す。

 この場合の情報というのは、つぐみの所在は勿論の事、誰が誰に会ったのか。誰がこの

ゲームに乗っているのかなど、プログラムを進めていく上で有利になるものだ。情報戦なら

高梨亜紀子(女子10番)に敵わないだろうが、努力次第では自分もいい線をいけるはずで

ある。

 

 ただ悠介は、『つぐみの所在』という点に関してはそれほど懸念していなかった。

 それはなぜかというと、村上沙耶華が持っていた携帯電話がつぐみの居場所を教えてくれ

るからであった。

 そう。この携帯電話は、『特定の生徒の居場所を教えてくれる』という機能を持っていた。

 今や様々な機能が組み込まれている携帯電話だが、悠介が持っているものは通話以外使

用できないように改造されている。さらには通話相手も制限されており、会話を許されている

のはプログラム担当官の村崎だけだった。

 これを使えばすぐにつぐみの居場所が分かるのだが、悠介は使おうとしなかった。

 その理由の一つが、使用回数にある。

 沙耶華のデイパックに入ってあった説明書を見る限り、この電話を使用できるのは一度だ

けに限られている。一回かけたらもう終わり。この電話はただのガラクタへと変わる。

 もう一つの理由は、リアルタイムの居場所を聞けないということだ。

 この電話は役目を果たしたらすぐに通話が途切れる仕組みになっている。電話をかけた

時点での居場所が分かっても、そこへ到達するまでに相手が移動してしまったら元も子もな

い。

 

 例えば9時に電話をかけ、相手の居場所をB−5に特定したとする。ここで電話は使えなく

なる。自分はB−5を目指し移動するが、移動中に相手がD−5に移動してしまったら、B−5

地点に辿り着いても相手と出会えずに右往左往する結果に終わってしまう。

 一見便利な武器だが、使用するにあたってこういったネックがあるために悠介は使用する

気になれなかった。どうせ使用するならば、つぐみの足跡を辿って大まかな位置を予測し、

それに近い場所に行ってから使ったほうが良いと思ったのだ。

 

 キシッ。キシッ。

 ゆっくりと近づいてきた足音は、扉の前に来たところでピタリと止んだ。やがてキィ、という音

がして、居間と廊下の間にある扉が開かれた。

 向こうも警戒しているらしく、すぐには居間の中に入ってこなかった。注意深く室内を見回し

ている様子だが、ソファの裏に隠れている悠介には気づいていないらしい。

 ――好都合だ。向こうが気づいていないのなら、こちらが先手を取れる。

 このときにはもう、悠介の手から震えは完全に消え去っていた。極度の緊張により引きつっ

ていた顔も、普段通りの影があって若干クールなそれへと変貌している。

 彼自身も気づいてはいなかったが、悠介の心がプログラムという環境に適応し始めたのだ。

それも他の生徒とは比較にならないほど、凄まじい速さで。

 まず、脚か肩を撃つ。そして聞けるだけの事を聞き出してから、殺してやる。

 瞳の中に殺意の炎が灯った瞬間、悠介は勢い良く立ち上がってソファの陰からその身を表

した。視界に飛び込んできた人間が誰なのか確認するより早く、引き金にかけられた指に力

を込める。

 

 銃声が単発で響き、血の雫が床に跳ねた。

【残り33人】

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