序盤戦16





 その光景を目にした時、つぐみの思考回路は正常な働きを成していなかった。村上沙耶華

(女子16番)の時とほとんど同じ状況なのに、理性が現実を認めようとしない。

 彼の――望月晴信(男子16番)の死を。

 一瞬の間を空けて、つぐみの右足を熱い棒が掠っていったような感覚が襲った。

「つっ……!」

 その痛みと衝撃が、つぐみの五感を覚醒させていく。止まっていた時が動き出し、現実が目

の前に広がった。

 前田晶(男子14番)が手の中の拳銃――S&W M686を発砲する時にはもう、つぐみは

近くに立っている木の陰に向けて走り出していた。凄まじい威力の鉛弾がつぐみの後を追った

が、間一髪のところで木陰に逃げ込んでいた。

 だが、まだ安心するわけにはいかなかった。つぐみを木陰から追い出すのが目的なのか、

晶は立て続けにM686の銃弾を浴びせかけた。凄まじい音量の破裂音が鳴り響くたび、つぐ

みが隠れている木の表面が削り飛ばされていく。

 

 先程のそれとは一変してしまった景色。自分の生命が危険にさらされているというのに、つ

ぐみはまったく別のことを考えていた。

 晴信は死んでしまったのだろうか。それともまだ、生きているのだろうか。

 頭部を撃ち抜かれた人間が生きているはずがないのだが、彼の死体をよく確認することが

できなかったつぐみはそれを知らない。故に、彼がまだ生きているのではないか? という希

望を抱いていた。

 生きているのならば助けなければ。そう思いながらも、つぐみは動くことができなかった。木

を隔てた十メートル程向こうでは、銃弾の補充を済ませた晶がつぐみが出てくるのを今か今か

と待ち受けている。迂闊に動こうものなら、晴信のニの舞になりかねない。

 

 傷付けられた右足がじくじくと痛む。鼓動が聞こえてきそうなくらい、心臓が高鳴っている。

『僕、困っている人を助けたい』。死の直前、晴信の言った言葉が蘇る。絶望を味わった自分

だからこそ、他人の助けになれるのではないか。二ノ宮譲二に頼りきりで生きてきた自分を払

拭する一言。新しい自分へ生まれ変わるための最初の一歩。

 その想いはもう、永遠に叶うことはない。後悔も何もできないまま、彼は命を奪われた。

 そんな理不尽なことが、許されていいのだろうか。

 

 生き残れるのはたった一人。友人同士で殺し合い、たった一つの生存枠を奪い合う。ここで

晴信と別れても、いずれ戦わなければいけなくなる。誰でも分かるような事実なのに、晴信の

死を悲しんでいる自分がいる。晶に殺意を抱いている自分がいる。

 殺し合いに対する禁忌だとか、ここから逃げ出すという概念は浮かんでこなかった。ここで

倒しておかないと、こいつは次々と他の生徒を襲っていくだろう。

 晶をこのまま野放しにしては置けなかった。晴信のためにも、そして悠介のためにも。

 

 アーミーナイフを握り直し、中腰の姿勢から一気に走り出す。木の陰から飛び出した瞬間を

見計らい、晶がM686を撃ってきた。

 つぐみはそれに怯むことなく、微妙に軌道をずらしながら晶との間合いを詰める。撃てども

撃てども、M686から放たれる銃弾はつぐみに掠りもしない。焦燥感がつのってきたのか、晶

の狙いも次第に雑になってきた。

冷静さを欠いた人間がまともに狙いをつけるのは難しい。それが、銃を始めて扱う中学生だっ

たらなおさらである。

 ナイフの間合いに踏み込んだつぐみは、その切っ先を晶の喉ぶえ目がけて突き出す。晶は

すっと右側に動いてそれをかわすが――。

ひゅん、という音と共に、銀の閃光が弧を描く。

つぐみは時計回りに回転するように身を翻し、左手に持ち替えたナイフで晶の首筋を一瞬で

切り裂いた。

ぱっくりと開いた傷口からシャワーのように血液が噴き出し、つぐみの制服や髪を真紅に染め

る。

 

 一撃で頚動脈を切断された晶は、金魚のように口をぱくぱくさせながら背中から地面に倒れ

た。しばらくは荒い息を繰り返していたつぐみだったが、緊張の糸が切れたらしくへなへなと地

面に座り込む。

 勝った。私、勝ったんだ。

 人を殺したという罪悪感よりも、晴信の仇が討てたということよりも先に、自分が生きている

という安堵感が襲ってきた。

 晶の死体を一瞥した後、つぐみは晴信の死体に近寄っていく。

「望月くん……」

 名前を呼んでも身体を揺すっても、反応が返ってくることはない。つぐみは奥歯を噛み締め

て、そっと彼の目を閉じてやった。

 血で赤く染まった自分の手を見つめながら、つぐみは当たり前のことを痛感していた。

 これはプログラム。血と死と悲しみに満ちた、どうしようもない現実だということを。

 

前田晶(男子14番)死亡

【残り33人】

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――序盤戦終了――

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