序盤戦15





「落ち着いた?」

 ブレザーの袖で顔を拭いながらうなずく晴信。気分がだいぶ落ち着いたのか、涙はもう

流れていなかった。

「あ、あのさ、その……」

「ん?」

「ええと……ご、ごめん」

 何だか分からないが、晴信が突然謝ってきた。

「会長に迷惑かけて、男のくせに泣いちゃって……情けないよね」

 

 ――ああ、そういうことね。

 

 つぐみはなぜ晴信が謝ったのかを理解した。感情的になっていたとはいえ、女性の自分

の前で涙を流したのが恥ずかしかったのだろう。それが肩を借りて泣いたというのならな

おさらである。

「別にいいよ。そんな気にしていないしね。男の子だって泣きたい時はたくさん泣けばいい

と思うけどな」

 意地やプライドも大切かもしれない。けど、時には感情を素直に表すのも大切なことだ。

「……望月くんに聞くけど、悠介くん見なかった?」

「悠介って……あの浅川悠介?」

 つぐみの口からその名前が出てくるとは思わなかったのか、晴信の顔に驚きの表情が

浮かぶ。

 

 浅川悠介(男子1番)。個性的なメンバーが多い3組の中でも、もっとも異彩を放っている

存在だ。口数が少なくて、つぐみ以外の誰かと話している記憶がない。『不良』というのが

校内での共通した認識だが、誰かに暴力を振るったとか何かを盗んだという話は聞いた

事がなかった。なかなか格好よくて、一見すればクールな美少年という印象だ。

 異端に近い存在の悠介だが、なぜかつぐみとは仲が良かった。普段は表情を崩さない

悠介も、つぐみと話している時は様々な顔を見せる。会話も弾んでいて、同一人物とは思

えないほど活き活きしていた。

 

「そういえば会長って浅川くんと仲良いよね。何かあったの?」

「んー、別に何かあったってわけでもないけどね。まぁ、内緒ってことで」

 かねてから疑問に思っていたことだったので、答えが聞けないのは残念だった。

「怖くない?」

「うーん……怖くはないけど、『良い人』って感じじゃないわね。ぶすっとしてるし、友達いな

いし、性格曲がっているし、協調性もないし、マイペースで自分勝手だし」

 散々な言いようである。

「けど、楽しいのよ。彼といると。一緒にいて分かったんだけど、悠介くんってほとんど本音

でしか接してこないのよ。良いことも悪いこともすぐに言っちゃう。人付き合いは上手じゃな

いかもしれないけど、彼といると本音で話し合えるし、それに――」

 つぐみは少し間を空けて、照れくさそうに続ける。

「悠介くんってああ見えて、結構優しいから」

 そう言って頬を赤らめるつぐみを見て、晴信はなぜ彼女が浅川悠介を捜しているのか何

となく分かった気がした。

「会長は浅川くんのこと、好きなの?」

 実にストレートな質問だったが、つぐみは薄く微笑んで「分からない」と答えた。

「私、誰かを好きになったことってないから。だからこの気持ちが『恋』なのか、よく分からな

い。分からないから、彼に会って確かめてみたいの。この気持ちがなんなのか、恋なのか

どうか」

 恋愛を経験したことの無い人間にとって、それを自覚するのにはそれなりの時間を有す

るだろう。理屈では知っているが、実感できない。感覚が湧かない。確信が持てない。

 自分の心に生まれた想いの正体を知りたいから、捜している人がいる。言われて初めて

納得できる話だ。

 

「――じゃあ私、そろそろ行くね」

 つぐみは地面に置いた自分のデイパックを肩に掛けた。晴信を助けた以上、ここに長居

する理由は無い。

「望月くんはこれからどうするの?」

「僕は……」

 晴信は言葉を区切り、少しの間考え込んでから答えた。

「僕は、困っている人を助けたい。僕みたいに怖がってる人や助けを求めている人がいた

ら、力になってあげたいんだ。僕の力でどこまでやっていけるか分からないけど……会長

が言ったみたいに、最後まであきらめないでやってみる」

 つい先程まで自殺していた人間とは思えないほど、晴信の顔は活力に満ちていた。

「僕も頑張るから、その……会長も頑張って。浅川くんに会ったら、会長が捜していたって

伝えておくから」

 晴信の言葉に頷くと、つぐみは彼に向かって右手を差し出した。晴信はきょとんとしてい

たが、意図するところが分かったのか自らも手を差し出す。

 エメラルドブルーの輝きを放つ大海原が広がる景色の中、二人は固く握手を交わす。

 そしてどちらともなく手を離し、それぞれの目的へ向けて歩み始めた。

 

 しかし――。

 運命は、二人に残酷な現実をもたらす。

 

 打ち寄せる波の音と鳥のさえずり。風の音と木の葉が擦れる音。自然の恵みが合奏を

奏でる中、その音はどこまでも異質で圧倒的な存在感を誇っていた。

 振り返ったつぐみが見たものは、ぐったりと地面に倒れている晴信の姿。

「……え?」

 その体の下から、じわじわと赤い液体が広がっていく。その色は、つぐみの記憶に鮮明

に焼きついていた。

 村上沙耶華(女子16番)が撃たれた時に流れた、艶やかな赤――血の赤。

 緑と青が大半を占めるこの場所で、その色はあまりにも異質だった。

 つぐみは食い入るように晴信を見つめていた。微動だにしない、もう起き上がることのな

いクラスメイトを。

 拳銃を手に佇んでいる前田晶(男子14番)を認識したのは、それからすぐのことだった。

 

望月晴信(男子16番)死亡

【残り34人】

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