序盤戦13





 生徒達が出発した後の中学校では、軍の兵士達が慌しく動き回っている。資料を片手に

何かを書き込んでいる者。コンピューターの画面を真剣に眺めている者。皆一様に、このプ

ログラムを成功へと導くため必死に働いていた。

 担当官の村崎薫は少し離れた場所に置いてあるソファに寝転がり、何をすることもなくぼー

っと天井を見つめている。

 

 プログラム実施本部のある中学校が禁止エリアに指定された以上、この場所が襲われる

可能性はほとんどない。ルール説明を終えた村崎に残された仕事といえば、死亡者名簿の

記入と兵士達への簡単な命令だけだ。プログラムが終わればまた忙しくなるが、死亡者が

出るまでやることがないというのが現状だった。

「書類もほとんど書いちまったしねぇ」

 退屈そうに欠伸をする。優秀な兵士達が揃ってくれているのは助かるのだが、優秀すぎて

自分に仕事が回ってこないというのも考え物だ。

「村崎教官」

 兵士の一人が、書類を持ったまま村崎に近寄ってきた。

「お客様がお見えになっていますよ」

「客? こんなときに一体誰だい」

 村崎は気だるそうな動きで起き上がる。引き戸の方に目を向けてみると、そこには柔和な

笑みを湛えた好青年が立っていた。緑色のスーツを着ている青年は典型的な優男風で、お

どおどした新入社員という印象が強い。外見だけ見ると大学生のようにも思えるが、実際は

村崎と同年齢である。

 そしてこれが一番の謎だが、その青年の肩にはなぜか猫が乗っかっていた。

 

「こんにちは、村崎さん。突然お邪魔してすいません」

 肩に猫を乗せた青年は慇懃無礼にお辞儀をする。

「佐東さんじゃないですか。何でこんな所に?」

 佐東と呼ばれた青年はバツが悪そうに笑う。

「いえ、実はですね。僕も今回のプログラムが気になっちゃって、それでついつい見に来ちゃ

ったんですよ。ほら、今年のプログラムって上の人達も注目しているでしょう? 本来なら担

当官に選ばれていない僕が現場に行くのは良くないことなんですけど、村崎さんは僕と知り

合いだから見せてくれるかなって思って」

 この気弱そうな青年、佐東は、村崎と同じプログラム担当官である。年齢は同じだが軍人

としての地位は佐東の方が上だ。つまり佐東は、村崎にとって上司という事になる。

 

「ところで、プログラムの方はどうなっていますか?」

「生徒が出発して1時間が経過しました。現時点での死亡者数は3人です」

「へぇ。ちょっと少なめですね」

「そうなんですか?」

「ええ。出発から1時間後だったら平均4人くらいなんですけどね」

 今回初めて担当官を任される村崎にとって、他のプログラムがどういう風に進行しているの

か詳しく知っていない。自分が中学生のときに選ばれたプログラムはやたら長引いた記憶が

あるが、他のプログラムの事をよく知らないため返す言葉に困ってしまう。

「そういえば、今年行われるプログラムって何で首輪に毒薬が仕掛けられているんですか?

私のときは爆発する仕組みだったんですが……変更しなければいけない理由でも?」

 それは、プログラムの担当官を任されると言われたときからの疑問だった。

 

「何でだと思います?」

 質問を質問で返されてしまった。何が正解なのか予想がつかないので、それっぽいことを

適当に言ってみることにする。

「えっと……爆薬よりも薬品の方が安いからですか?」

「それもハズレというわけじゃないですけどね。でも正解は別にあるんです」

 佐東は兵士が持ってきたコーヒーを受け取り、テーブルを間に挟んで村崎の前に座る。

「村崎さんは、最近対テロリスト用の兵器が作られたのはご存知ですか?」

「ええ、一応軍人ですし」

 

 

 

 近年の大東亜共和国では、反政府組織が起こすテロ行為が大きな問題になっていた。政

府軍はこれまで、銃火器や爆薬を中心にして反政府組織を壊滅させてきたのだが、そのや

り方にも次第に問題が生じてきた。

 爆薬を使用した際に、無関係の周りの建物まで破壊してしまい、それによって一般人に多

くの犠牲者が出るという問題だ。このままでは、時代の流れは反政府組織にとって都合の良

いように進んでしまう。政府に対し反発する国民の増加を危惧した政府上層部は、周りの建

物を壊さずに目標を殲滅させる兵器の開発を決定した。

 

 その結果作り出されたのが、毒薬や毒ガスなどの化学兵器である。

 これならば周りの建物に被害を及ぼすことなく敵を殲滅できる。「周囲の人間に被害が出な

いのか?」という意見も出たが、それはグレネードランチャーなどに使用できる毒ガス弾を開

発したことで解決した。これならば、ある程度狙いを定めた攻撃ができるからだ。

 政府が作り出した毒薬は、致死性と即効性が極めて高い危険極まりないものだった。その

反面、散布後はすぐに大気中に分解してしまうため、二次被害を及ぼす事は少ない。

 

 兵器として開発した以上、実用性がなければ意味が無い。マウスや犬などの動物を使って

実験を行ったが、やはり人間相手に使った場合のサンプルデータがなければ試作用としての

域を出なかった。だが進んで人体実験に参加する人間などまずいないし、過疎化した村など

に散布するのも世論が荒れる恐れがあったので実行できなかった。

 そこで目をつけられたのがプログラムだった。毎年50クラスを対象として行われるプログラ

ムは多数の死者が出る。新兵器のデータを採取する環境としてはこれ以上ないくらい適して

いる場所だった。

 

 政府上層部が出した結論は、2005年度に行われる全プログラムに製作された毒薬を武

器として支給。ならびに首輪のシステムを爆発から毒薬注入に変更するというものだった。

これによって集められたデータにより、実用化するか否かを結論付けるらしい。

 これが、今年のプログラムで首輪のシステムが変更された理由。その全貌だった。

 

 

 

 そんな内容の話を佐東から聞かされ、村崎はわずかに眉をひそめる。

「非人道的ですね。これが国民にバレたらこの国は終わりですよ」

 思わずそんな言葉が村崎の口から漏れていた。

「上の人たちが決めた事ですから仕方ないですよ。あちらもいろいろと大変みたいですし」

 佐東はそう言って、肩に乗せた猫の頭を撫でる。名前は『めざし』とかいうらしく、雨の日の

バス停で拾ってきたらしい。行動自体は立派だが、そのネーミングはどうかと思った。

「そういえば、噂の『新兵器』はまだ使われていないんですか?」

「開始からまだ一時間しか経っていないですから。使うどころか、誰の手に渡っているのかも

分かりませんよ」

「そうですか。じゃあ僕は気長に待つことにしますね」

 再びコーヒーを口にし、佐東は生徒の反応を表示している大型モニターに目を移した。

「そういえば村崎さんは、トトカルチョで誰に賭けたんです? 僕は女子の17番にしましたけ

ど」

「……私は賭けていません」

「えっ?」

「何だか嫌なんです。一生懸命になっている子供たちを賭け事の対象にするのって」

 村崎は複雑そうな面持ちで言った。プログラムを生き抜いた彼女だからこそ、生徒側の心

情も理解できる。自分たちのときもこういう風に賭博行為を行われていたのかと思うと、いい

感じがしなかった。

 

 村崎は鉄板の張られた窓を見つめた。外で戦っている生徒の中でここに戻ってこれるのは

たった一人。帰ってきた生徒に、自分はどんな言葉をかけてあげればいいのだろうか。

 

【残り35人】

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