序盤戦10





 校舎の外から聞こえてきた銃声に、渡辺千春(女子19番)が小さく悲鳴を上げた。隣

に座っている吉川秋紀(男子19番)も、張り詰めた表情で鉄板の打ち付けられた窓

を見つめている。

 浅川悠介(男子1番)は眉根を寄せ、飛び出したい衝動を必死に抑えていた。銃声

を聞いたのはこれが初めてではない。今から4分ほど前にも、先程聞こえたのと同じ

銃声が教室に届いていた。

 ――つぐみ。

 悠介の心に不安がよぎる。最初の銃声がしたのは、つぐみが出発してすぐ後のこと

だった。つぐみが誰かを撃ったか、あるいはその逆しか考えられない。前者ならまだい

いが、後者だとしたら――。

「おや、さっそく始まったみたいだね」

 村崎は窓の方に視線を移し、表情一つ変えずに言う。中学生が殺し合いをし始めた

というのに、彼女は何も感じていないのだろうか。

 そこまで考え、悠介は思った。何も感じていないからこそ、この仕事に就いているの

だろうと。人の死に対しいちいち反応されていては、プログラムの担当官なんて大役が

務まるはずがない。

 ようは『覚悟』と『慣れ』だ。この二つがあれば何のためらいもなく人を殺せるようにな

るし、人の死を無価値なものとして受け入れられる。

 そうだ。大切なのは覚悟と慣れだ。悠介はそう自分に言い聞かせ、早まる心臓を少し

でも落ち着かせようとする。死と隣り合わせの戦場で生き抜くためには、冷静さもまた

大切な武器となる。

 

 

「男子19番、吉川秋紀くん」

 自分の荷物とデイパックを抱えて出て行く秋紀の姿も、すぐに扉の向こうへと消えて

いった。これでこの教室に居るのは、自分と村崎――それに二ノ宮譲二の死体だけと

なる。女教師と男子中学生と死体。何て凄惨なシチュエーションだろうか。

「あんたで最後だね。男子1番、浅川悠介くん」

 ついに、自分の名前が呼ばれた。悠介は物怖じすることなく立ち上がり、堂々とした

態度でデイパックを受け取ろうと手を伸ばす。

 差し出された悠介の手を、村崎がぎゅっと握ってきた。

「どうだい? 今の気分は」

「……悪いに決まっているだろ。さっさと離せ」

「素っ気ないねえ、あんた。もう少し話をしてくれてもいいじゃないか」

 艶かしい顔で見つめられ、悠介の頬が少し赤くなる。不覚にも、一瞬だけドキリとして

しまった。ほんの一瞬だけだが。

 村崎の手を振りほどき、悠介はさっさと教室を出て行こうとする。ここでこうしている間

にも、つぐみが危険にさらされているかもしれないのだ。悠長にしている暇はなかった。

 廊下に足を踏み出した際、後ろから村崎の声が聞こえてきた。

「先輩として一つだけ忠告しておいてあげるよ。後悔のないようにやりな。――全力でね」

 悠介は振り向いて村崎の顔を見た。何かを言おうとして口を開きかけたが――結局

何も言わず、踵を返して走り出していった。

 

 

 村崎は悠介が出て行った扉をじっと凝視している。そこには悠介に向けていた妖艶な

雰囲気ではなく、まるで全て失ってしまったかのような哀愁を帯びていた。

「後悔のないように、か……」

 誰も居なくなった教室を見渡し、自虐的な笑いをこぼす。

「あたしもそうやっていれば……少しは違った生き方ができたのかな」

 

【残り36人】

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