序盤戦9





  くそっ、くそっ、くそっ、くそっ!

  心の中で悪態をつきながら、後藤拓磨(男子7番)は舗装された道路の上でぜいぜい

 と息をついていた。

  ちくしょう、逃げられた。逃げられちまった! どうしようどうしようどうしよう、あいつ、

 俺に殺されそうになったって言うに決まっている! ああくそっ、俺はもうお終いだ!

  拓磨は卑屈で卑怯な性格をしており、自分の意思で物事を決めることが中々できない

 受動的な生徒だった。いつもいつも山田太郎(男子18番)の後にくっついては彼をかさに

 着ている、まさに小物の中の小物、といった感じで、そんな性格ゆえにクラスメイトからの

 評判は良くなかった。

 

  お、俺のせいじゃない。プログラムだ。みんな、みんなこのプログラムが悪いんだ!

 

  自分に支給されたシグ・ザウエルSP2009を必死に握り締めながら、拓磨は砂漠を彷

 徨う旅人のような足取りで走ってきた道を戻っていた。

  この時彼を支配していたのはクラスメイトを殺そうとしたという罪悪感ではなく、どこから

 誰に襲われるとも分からない現状への圧倒的な恐怖だった。その恐怖はまるでウイ

 ルスのように、じわじわと着実に拓磨の精神を蝕んでいった。

  本来の拓磨は自ら進んで争そい事に参加したりとか、自ら暴力を振るう事もない。誰か

 のあとにくっついて利益を得るというコバンザメのようなスタイルを維持してきた少年が

 いきなりクラスメイトを撃てば、混乱して当たり前だ。

 

  スタート地点の中学校――地図上でG−4の場所――を出発した後、拓磨は中学校周

 辺に広がる住宅地エリアをうろうろと歩き回っていた。元来の気の弱さとプログラムに巻

 き込まれたという受け入れがたい現実が働き、仲の良い太郎を待つことも忘れ、あても

 なく住宅地を歩き回っていた。

  人が近寄りそうに無い路地裏で、デイパックの中に入っていた拳銃を見つけた。本物

 の拳銃を前に息を呑んだし怖がりもしたが、拳銃の重量と質感は不思議な安心感を拓

 磨に与えてくれた。

  だんだん落ち着きを取り戻し、そこでようやく彼は気がついた。自分は今、『敵』を倒す

 ことのできる強力な武器を持っているんだということを。

  それから先の行動は迅速だった。銃の説明書を読み、来た道を引き返し、校門の近く

 にある茂みの中に身を潜ませて誰かが近づくのをじっと待っていた。

 

 そして今。

 

 村上沙耶華に重傷を負わせ、雪姫つぐみを取り逃がした拓磨は校門の前まで戻って

 いた。あそこまで離されたら追いつくのは無理に近かったし、自分を殺そうと企んでいる

 『敵』は彼女ひとりではないのだから。

  先程まで自分がいた中学校の校舎が視界に映り、拓磨は足を止めた。

 「…………」

  拓磨の双眸が映す景色は、数分前のそれとは決定的に異なっていた。

 「何で……」

  間違い探しでは一つの間違いに過ぎないが、その間違いは彼にとって何よりも重大な

 事だった。

 「何で、何でいないんだよ……」

  自分の声が震えているのが、拓磨にもわかった。

  自分が放った銃弾に倒れ、ついさっきまでそこに倒れていたはずの村上沙耶華がい

 ないのだ。まさか、夢でも見ていたのだろうか。そんな馬鹿げた予想が頭の中によぎっ

 たが、校門の脇には沙耶華の血痕が残されていたためにこれは紛れもない現実だと

 いうことを思い知らされた。

 

 「うう、ううう……っ!」

  拓磨は頭を抱え、路上に座り込んだ。何で、何でこうも裏目にばかりでるんだ。今まで

 他人に頼りきりだった自分が、初めて必死に何かをやろうとしていたのに。なのに、なの

 になんで――。

  恐怖。混乱。殺意。焦燥。罪悪感。様々な感情が拓磨の中に渦巻く。決して止むこと

 の無い嵐のように激しく、この星に広がる海のようにそれは圧倒的だった。

  絶対的な負の嵐を停滞させたのは、この場に似つかわしくない明るい声だった。

 

 「あっれ――――? そこにいるのってもしかしてたーくまくんじゃねーのォ? 何なに

 ナニ、一体全体どうしちまったってわけ? 腹でも痛くなったのか一人馬とびでもしてん

 のかそれともアルファルトの温度を直に感じたいのかまぁなんにしても傍から見ればた

 だの変人だぞそれ」

  長々と意味不明なことを言い放つと、その少年は実に堂々とした足取りで拓磨の元に

 歩み寄ってきた。

 「なんだいなんだい不景気そうな面してよお。もっと楽しそうな顔しようや。こんなどうしよ

 うもないクソッタレな状況だからこそ元気に明るく前向きにそしてポジティブに!」

  前向きとポジティブは同じような意味なのだが、今の拓磨にそんなことを指摘する余裕

 は無い。

 「――で、お前なにしてんのよ? まさか俺を殺しに戻ってきたとかそんなんじゃねーよ

 なぁ? そうだよなぁ? あれアレまさか本当にそーだったりしちまうわけ?」

  その少年――山田太郎は拓磨の精神状態などまったく気にもせず、自分の意見をた

 だただ一方的に言ってきた。

  一方の拓磨は、何の前触れも無く現れた太郎に驚きを隠せないでいる。

 「ち、違う! 俺は太郎くんを殺すつもりなんてないよ!」

 「じゃあ、何でここにいるんだよ」

 「怖かったんだ! 怖かったんだよ! みんなが俺を殺しに来るかと思うと、怖くて怖くて

 仕方がなかったんだ! だから、やられる前にやろうと思って、それで――」

  それから先は言わなかったが、今までの言動から拓磨が何をしようと、もしくは既にし

 たのか簡単に予想がついた。

 「だーから、殺しちまったってわけね」

 「違う、殺してなんかいない! 俺が戻ってきたときにはもう、村上はいなくなっていたん

 だ!」

 「へぇー、お前村上を殺そうとしたのか。そりゃスゲーや」

  太郎は本当に意外そうな顔をしている。日頃の拓磨をよく知っている彼だからこそ、事

 の意外性を理解しているのだろう。

 

  太郎は屈み込んで、拓磨の手に握られていたシグ・ザウエルを剥ぎ取った。半ば放心

 状態に陥っているせいか、拓磨は一切の抵抗をしなかった。何のために銃を? という

 疑問も浮かんだが、浮かんだだけで理解するには至らなかった。

 「お前はセコくて臆病だからやる気にならねーと思ってたんだけどなぁ。死ってのは人間

 の性格まで変えちまうもんなんだな。いやー勉強になったなった。これからは誰を相手に

 しても油断しないようにしよう」

  話の内容は訳が分からないが、拓磨は背筋に走る冷たいものを感じた。

 「さーて、ここで後藤拓磨くんに問題です。カッコよくてナイスで素敵な俺様はこれから一

 体何をしようとしているでしょーか。次の四つから選んでください」

 

 1.銃を撃つ。

 2.発砲。

 3.銃撃。

 4.モスバーガーに行く。

 

 「さあ、どれでしょーか。制限時間は十秒です。そんじゃ、スタート」

  太郎は銃を拓磨に向けたまま、いーち、にーいと声を出して数え始めた。

  ――ちょちょ、ちょっと待てよ! 何だよその問題、つーか問題として成り立っていない

 じゃないか! 1も2も3もどれも同じで……そもそもモスバーガーってどういう事だ!? 

  質問の内容と意図はまったく理解できないが、答えなかったら自分がどうなるか容易に

 想像はついた。

  恐怖から逃れるために殺人にまで手を染めようとした拓磨だが、皮肉にも人生で最大

 級の恐怖を味わうハメになってしまった。

 「はーち、そんでもってきゅーう」

  タイムリミットが迫っている事を知った拓磨は、被害が少なくて正解だと思われる選択

 肢を選ぶ事にした。

 「い――1番」

  いくら考えてもどれが正しいのかまったく分からなかった。正解を選んでも撃たれそう

 だし、不正解でも撃たれそうな気がした、

  わずかな沈黙の後――太郎は小学生のような、悪意のカケラも無い笑みを浮かべた。

 「正解」

  乾いた音が島中に響き渡り、懇願するような体勢をとっていた拓磨の額に赤い穴が穿

 たれた。頭が一度だけがくんと揺れ、積み木の塔が崩れるようにゆっくりと傾き、道路に

 倒れ込んでいった。

 

  太郎は拓磨の食料と予備の弾丸を詰め込んだデイパックを持ち、ブラブラとあてもなく

 島の中を歩いている。

 「さーてっと。出だし快調天気は良好俺様最強気分は上々。まずは武器の収集と地理

 の把握だよなー。俺の『武器』はタイマンに向いてねえし、この銃だけじゃさすがに不安

 だし」

  地図を片手にしながら、山田太郎は今後の活動方針について考えを巡らせる。つい

 先日まで仲良くやってきたクラスメイトを殺害したばかりだというのに、その振る舞いに

 は何の罪悪感も見られない。それどころか、むしろ楽しそうな顔をしていた。

 「ハハハハハ……プログラムねぇ。まーさか俺が選ばれるたぁ思ってもみなかったぜ。

 どうなんだろうなあ怖いのかなあ凄いんだろうなあ楽しいのかなあ」

  歩きながら天を仰ぎ、太郎はアッハハハハハハハと高らかな笑い声を上げる。

 「よーし、やるぜやるぜやるぜやるぜやるぜぇ。何事も楽しく激しく愉快に陽気にハイテン

 ションに! ハハ、ハハハハハ!」

  快楽主義者と称してもいい少年、山田太郎。彼はプログラムという地獄のような環境

 すら楽しもうとしていた。

 

 後藤拓磨(男子7番)死亡

 【残り36人】

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