試合終了後:2





「いろいろと考えたけど……俺、お前と一緒に東京に行くことにする」

 

 つぐみの墓の前で、村崎は静かに目を瞠った。

 その顔に浮かぶものは動揺でも、驚きでもない。村崎は少し目を細め、静かに結論を口に

した悠介をじっと見つめている。

 悠介も村崎も黙っている。何も言わず、互いの顔を見つめ合っている。

 

「それで本当に後悔はないのね?」

「ああ。もう決めたことだからな」

 悠介はしゃがみこんで、墓前に花束を供えた。

 手を合わせて目を閉じ、つぐみのために黙祷を捧げる。どのくらいそうしていたのか分から

ない。数分かもしれないし、もしかしたら数秒かもしれなかった。

 ポケットに手をいれ、中に入っていたリボンを取り出す。わずかに血の跡が残るそれは、

つぐみの制服に付いていたリボンだった。

 

「最初は行かない方を選ぼうかと思った。正直言って俺は反政府行動なんかに全然興味

ないし、政府の奴らとはもう関わりたくなかったし……そして何より、俺なんかがこの国を変

える力になるって思えなかったんだ」

 悠介は自分が特別な人間ではないことを自覚している。特に何かに秀でているわけでも

ない、ひねくれた一人の少年であることを。

 

 つぐみを死なせる原因を作ったこの国、そして政府に対しての怨みは深かった。できるこ

とならば何らかの形で復讐をしたかった。しかしそれを考えるたび、悠介は必ず『自分にそ

れができるのか』という現実的な問題に直面してしまう。

 

「東京行きを拒否しても私はそれを受け入れたわ。これは強制ではないし、あんたが行きた

くないって言えばそれに従ったのに」

「ああ、だから最初は断ろうとしたんだ。だけどさ……何だか違うんだよ。これが本当に俺

のやりたいことなのか? 俺の正直な気持ちなのか? って何度も思っちまってな」

 

 死んでしまったつぐみの分まで幸せに生きるのが自分の役目だと悠介は思っていた。その

ためには村崎について東京に行くよりも、彼女と関係を切って浅川悠介という一人の人間

として生きていくほうが幸せになれるのではないか。

 そうすれば誰も傷つけることなく、大勢の人たちと同じリスクの少ない人生を歩むことがで

きる。

 

 だがそれは、本当に自分の本心なのだろうか。

 その生き方を選んで、後の自分は心残りがなく生きていくことができるのだろうか。

 

 ――違う。

 

 東京行きを拒めば、村崎についていかなければ平穏な人生を送ることはできるだろう。

しかしそれでは、つぐみを失ってしまった悠介の無念さ、憎しみが消えることは永遠にない。

 

「俺がどの程度あんたの力になれるか分からないし、どんなことができるのかも分からない。

だけど最初から諦めないで、やれるとこまでやっていってみようと思う。あんたに言われた

からじゃない。俺の意思でやるんだ」

 それは贖罪なのかもしれなかった。クラスメイトを殺して生き残った罪を清算するための

ものではなく、様々な思い出を抱き、新しい未来を切り開くためのもの。それがつぐみを失

ってまで生きている自分自身に対しての贖罪。

 

「……あんた、何だか雰囲気変わったわね」

「そうか?」

「前向きになったっていうか……どっちかって言ったら吹っ切れたって感じがする」

 ここに来る前に出会った琴乃宮赤音と同じことを村崎は言った。悠介自身は自分が変わ

ったとは思っていないのだが、周りからすればそう見えるのだろうか。

 

 彼女だったら、どう言うのだろう。

 やっぱり変わったと言うのか、それとも全然変わっていないと言うのか。

 

「あんたがそれで良いって言うのなら、私から言うことはもう何もないわ。これから先どうなる

か分からないけど、とりあえずよろしくね」

 そう言って村崎は右手を差し出す。それが意味するところはたった一つ。

 以前は答えを出すことができなかった。だが今だったら、はっきりと答えを出すことができ

る。

「――――よろしく」

 悠介は村崎の手を握り、彼女と握手を交わした。

 

 

 

「それじゃあ向こうの学校の手続きとかは私が済ませとくから。出発の日が決まったらすぐ

に連絡するから、そのときまでにちゃんと準備しておくのよ」

「はいはい。つーか準備くらい言われなくてもできるっての」

 

 つぐみのいない世界なんて想像できなかった。

 つぐみを失って得る未来なんて、何の価値もないと思っていた。

 そうではない。それは違うということに気づいた。

 生きていくということ自体に価値がある。未来には無限の可能性が広がっている。悪い可

能性もたくさんあるのだろうけど、それと同じくらい良い可能性もたくさん存在している。

 

 どうなるのかは、自分次第だ。

 これからの人生、自分が切り開き、自分が作り上げていかなくてはいけない。

 プログラムで失ったものは多い。しかし得たものもある。

 未来という、何よりも大切なものを。

 

 

 

 爽やかな風が吹き、霊園に生えている草が波打った。

 供え物の花弁が風に乗り、澄み渡った青空へと昇っていく。

 季節は夏へ移り変わろうとしている。あの島での出来事も、つぐみと過ごした日々も、もう

過去のことだ。

 だけど悠介は、あの日々を忘れることはない。

 何度季節が巡ろうと、どれくらい月日が流れようと、夕焼け空を見上げるたびにあの時の

ことを思い出すから。

 

 ――悠介くんと会うことができてよかった。

 

 つぐみが最後に言った言葉が、すぐ近くで聞こえたような気がした。

 

 

 END

 

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