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 村崎薫(女子15番)との戦いからおよそ三十分後。刀堂武人(男子10番)はククリナイフ

を片手に森の中を歩いていた。スタート地点であるホテルから真っ直ぐ南に位置し、エリア

表記で言うとH−06に当たる部分である。

 

 ――ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう! ざけやがってあの女……絶対に許さねぇ!

 薫への憎悪の炎を胸の中で激しく燃やしながら、武人は森の中を我が物顔で歩き進む。

中学校に進学する以前から素行の悪い”不良生徒”と呼ばれ、ケンカに明け暮れることが

日常だった。なので誰に会おうと自分が負ける気はしなかった。それが例え真神野威(男子

15番)や、渡良瀬道流(男子18番)であっても。

 

 

 

 武人は威と道流を一方的に敵視していた。いや、それはもはや”憎悪”と表現してもいい

感情だった。

 不良は何よりも自分のプライド、メンツを大事にするため、滅多なことがない限り他者を

自分より上だとは思わない。ナメられたら負け、という図式が成り立つ世界で生きてきた武

人は、自分がどんな不良よりも強く、どの人間よりも”上”にいると思ってきた。それは暴力

で築き上げられた塔から見る偏った世界観ではあったが、武人にとってそこから見る景色

が世界の全てで、力のあるもの=頂点という図式は覆しようのない事実だった。そしてその

頂点に君臨するものは自分であると、物心ついたときからそう思い続けてきた。

 

 しかし、武人が難攻不落だと思い続けてきた塔は、ちょっとしたきっかけですぐに崩れて

しまうガラスの塔だった。

 

 真神野威、渡良瀬道流。

 

 それは不良に留まらず、静海市に住む学生ならばほとんどが知っている中学生の名前

だ。恐怖と強さの象徴として認知されているが、ごく稀に彼らのことを認めようとしない人間

がいる。そんなもの所詮噂だろうとか、本当に強いわけがない、と威たちの評判に疑いを

持つ人々。そういうものたちは決まって二人に挑んでいき、見るも無残な姿になって帰って

くる。

 

 武人もそのうちの一人だった。同じ不良の世界に住むものとして、威と道流の名は避けて

通ることができない門のようなものだった。自分たちとは次元が違う、といったような話を聞

き、その度に不快感を抱いてきた。

 

 ――ここで一番強いのは俺だ。他の奴なんか認めてたまるかよ!

 

 進学した先の中学校にその二人がいると知り、武人はすぐに二人に挑んだ。二人を打ち

倒そうとする意気込みは良かったものの、結果はそれまでの挑戦者と変わらなかった。特に

威は武人の態度が気に入らなかったらしく、勝負が決した後も武人のことを徹底的に痛めつ

けた。十人を超える人数が執拗に暴力を振るっていたあの時の光景は、今でも思い出すだ

けで鳥肌が立つ。

 

 ケンカでは威と道流に勝てない。分かってはいるが認めたくはなかった。武人にとってケン

カは唯一の自己表現手段であり、刀堂武人という人間の大部分を形成しているものでもあ

った。己のメンツを重要視するフィールドに立っている武人は、彼らが自分より上にいると

認めることができなかった。元より他人を見下しがちで、非常に負けず嫌いな性格をしてい

るのがそれに拍車をかけた。

 

 あの二人には何をしても敵わない。それを認めた瞬間、本当の意味で自分が負けてしま

う。自分の中で決定的な何かが崩れて、もう元には戻れなくなってしまう。武人はそんな気

がしていた。

 

 

 

 二人を倒す機会を窺っていた武人にとって、プログラムに参加するということは二人を打

ち倒し、屈辱を晴らすことの出来るまたとないチャンスだった。最後の一人になるまで互い

に殺し合いを行うというルール上、人を殺すことはここでは違法にならない。腕を千切ろうと

腹を引き裂こうと、自分の行為を咎める者は誰もいない。

 

 それを考えるだけで体が震えた。悪寒ではなく、期待からくる喜び。かつて自分が味わっ

た屈辱、そして敗北感。それを今度はあいつらに味合わせる事ができる。

 

 学校をサボって街中で仲間と遊んでいる最中、いきなりやってきた金髪スーツ姿の男から

自分のクラスがプログラムに参加しなければいけないということを聞かされた。その時は

頭に血が上って怒鳴り散らしながらその男に掴み掛かったことを覚えている。いくら武人で

も「殺し合いに参加しろ」と言われて受諾するほど馬鹿ではない。

 

 結局スタンガンで気絶させられて、自分でも訳が分からないうちにこの場所に連れてこら

れてしまったが――冷静さを取り戻せば、これはチャンスだということに気付いた。威と道流

を倒すことができる、またとないチャンスなのだと。

 

 やることは実に単純だった。目に付いた奴を殺せば良い。ただそれだけだ。

 

 威と道流は俺がこの手で殺す。それを邪魔する奴、周りでうろちょろしている奴らも殺す。

人殺しなんて人を殴ることの延長線上のものに過ぎない。ナイフで人を刺したこともあるし、

鉄パイプを人の頭に振り下ろしたこともある。他人を傷付けることに躊躇いや罪悪感といっ

た感情は欠片も浮かんでこなかった。

 

 弱い奴は強い奴の餌に過ぎない。強い奴は弱い奴に何をしても良い。強い奴が勝ち、勝っ

た奴が強い。誰にでも分かる単純な世の中の仕組み。そして自分は、強者の位置にいる

べき人間である。

 

 

 

 こうして積極的に殺し合いに参加することを決めた武人であったが、彼に支給された武器

は何と数珠だった。殺し合いには無関係――というより何の役にも立ちそうに無い、ハズレ

中のハズレ武器だった。

 

 武人が威たちに再び挑戦しようと思ったのは、プログラムで全員に支給される武器のアド

バンテージが得られると思ったからだ。素手での勝負では負けているが、刃物や銃器類が

支給されれば自分にも勝ち目はある。

 

 威と道流に勝つため――プログラムで優勝するためには、何としても強力な武器を手に

入れる必要があった。そのため武人は人を殺せるような武器を求めて会場を走り回り、昼

の放送が始まる寸前に今手にしているククリナイフを発見した。そのすぐ側には胸を撃ち

抜かれている沖田剛があった。ナイフの柄にも数滴の血が付着していたので、これは剛が

持っていた武器と見て間違いないだろう。

 

 何故ナイフが持ち去られていないのか疑問だったが、そんなことはすぐに吹き飛んだ。

 欲しくて欲しくてたまらなかった、人を殺せる道具。

 それが今――自分の目の前にある。

 

 人を傷付けることに何の躊躇いも抱かない凶暴な心は、プログラムの中でその凶暴性を

増大させていた。ククリナイフの入手はそれに拍車をかけ、武人の進む先をより危険な方向

へと導いていく。

 

 森の中で村崎薫に遭遇したとき、あいつを殺そうと思うのに時間は掛からなかった。それ

に薫は道流と仲が良く、よく一緒に喋っている光景を見かける。普段仲良くしている友人が

死んだら、道流はどんな顔をするだろうか。

 

 悲しみに歪む道流の顔。絶望に打ちひしがれて涙を流す道流の顔。想像するだけで笑い

が止まらず、たまらなく愉快な気分になれた。

 そうだ、普通に殺してやるだけじゃつまらない。あいつの親しい奴らをみんな殺して、そして

最後に、悲しみのどん底にいるところを俺が殺してやろう。俺の味わった屈辱を、数十倍に

して返してやる。

 

 しかし――武人は再び屈辱を味わう事となった。完全に格下だと決め付けていた薫を相手

に手も足も出ず、銃口を突きつけられ、あまつさえ彼女の言葉に怯み、捨て台詞を吐いて

逃げ出すという醜態を晒してしまった。

 

 腕も体も細い、人を殴ったこともないだろう少女に負けた。

 他人を傷つけ、暴力を振るい、相手を打ち倒すことで自己表現と満足感を得ていた武人

にとって、それは耐え難い失態、屈辱。

 

 心に、そして記憶に一生残るであろう汚点だった。

 

 

 

「あの女も、真神野も渡良瀬も俺が殺すんだ……誰であろうと俺の上に立つ奴は許さねえ!

俺が一番強いんだ!」

 ククリナイフの柄を握ったまま、右拳に強く力を入れた。最初は少し重みを感じたが、今で

はそれほど重みを感じなくなった。艶やかな銀色の刀身が太陽の光を受けて輝きを放って

いる。これが真っ赤な血で染まる時はいつ訪れるのだろう。

 

 その時、どこからか人間の足音が聞こえてきた。武人は近くにあった木に身を隠し、音の

出所を探る。聞こえてきた音の大きさから、相手はそれほど離れた場所にはいないはずだ。

 木の陰から顔を出して様子を窺う。すると、セミロングの髪を後ろで結んでいる女子生徒が

一人、焦燥した表情で森の中を歩いている姿が武人の目に飛び込んできた。

 新しい獲物が現れたこともそうだったが、武人の目を惹いたのは彼女が持っている銀色の

リボルバーだった。

 

 迷いは無かった。薫を攻撃しようと決めたときと同じく、無防備に歩いている彼女、橘千鶴

(女子8番)を殺そうと決めることに迷いは無かった。

 武人は手の平に浮かんだ汗を拭い、ククリナイフを握る手に力を入れた。

 先程のような失態を見せるわけにはいかない。ボロボロになった自分のプライドを戻すた

めにも、威と道流を倒すためにも。

 

 このプログラムにおいて数多くのクラスメイトから危険視されている少年は、凶暴さがその

まま体現したかのような獰猛極まりない笑みを浮かべた。限界まで自分の存在を悟られな

いよう、一歩一歩慎重に、千鶴へと歩み寄っていく。

 

【残り29人】

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