――ああ、メンドくせえ。

 静海市の駅から少し離れたところにある地下道で、その少年は辟易したように心の内で呟く。

 年齢は十四、十五歳といったところで、この辺りではそれほど珍しくもない不良少年といった

出で立ちだ。シャープで端整な顔立ちをしており、水色のサングラスを付けている。耳に安全

ピンを付けていたりと見た目こそ不良そのものだが、彼から発散させられている雰囲気はただ

の不良少年のものではない。切れ長の目がたたえる鋭さがそう感じさせるのだろうか。

 

「――で、俺に何か用?」

 少年は面倒くさそうな雰囲気を隠そうともせず、興味の無さを言葉に乗せて吐き出した。ポケ

ットから煙草を取り出し、口に咥える。何気ない仕草だが、少年が置かれた状況を理解すれば

彼の度胸のよさに驚くことだろう。

 地下道の隅で、五人の高校生がその少年を囲むようにして立っていた。どの高校生も強面

で、サングラスの少年と同類――つまり不良だということがすぐに見て取れる。

 

 

 

 きっかけは些細なことだった。ゲームセンターの帰りに立ち寄った地下道で一服をしていると

高校生五人組が階段から降りてきて、煙草を吸っている自分を見つけるとニヤニヤ笑いなが

ら、何やら話し合いを始めたのだ。今にして思えば、それは獲物に狙いをつけるかどうか話し

ていたのだろう。そしてどうやら、自分はその獲物に選ばれてしまったらしい。

 

 五人組は半円を描くようにして壁際に立つ少年を包囲する。少年もようやく自分の身に訪れ

た異変に気づき、不思議そうな目で彼らに視線を向けた。

「ちょっとちょっとー、ダメじゃんか君ー」

「お前、まだ中学生だろ? こんなとこで煙草なんか吸ってていいのかあ?」

 高校生たちは下卑た笑いを浮かべ、黙って立ち尽くしている少年に次々と好き勝手な言葉を

ぶつけていく。高校生たちは自分たちへの恐怖で少年が黙っているのかと思っていたが、実際

は高校生たちのとった行動に呆れていたから少年は黙っていたのだ。

 

 一通り好き勝手なことを言うと、高校生の一人がお決まりの台詞を言ってきた。

「で、お前いくら持ってる?」

「あー……なるほど。そういう事ね」

 恐喝を意味する言葉にも動じた様子を見せず、少年はマイペースな態度を崩さない。

「用があるなら手短に。本来なら美人マネージャーを通して話をつけてほしいんだけどさ、生憎

俺の理想とするマネージャーさんが見つからねえんだよ。恭子さんなんかピッタリだと思うんだ

けど、なかなかOKの返事がもらえなくてさぁ。ハハハッ、まいっちまうよなあ」

 と、相手の神経を逆撫でするような調子でそう言い、煙草に火をつけた。

 

「先に言っとくぜ。病院に担ぎ込まれたくなかったらすぐさま俺の前から消えろ。じゃないとどう

なっても責任取れないぜ。俺ってなかなか手加減できねえから」

 少年に質問をした高校生が一瞬きょとんとして、その後で怒っているような、呆れているよう

な微妙な感じの顔をした。「おいおい、どうするよこいつ」と少年を指差しながら、一歩下がった

場所にいる仲間に話しかける。

 

「目上の者に対する口の利き方がなってねえなあ。いいから全部出せっつってんだよ。痛い目

見たくねえだろ。あぁ?」

「あんま調子こいてっとぶっ殺すぞテメエ」

「偉そうに喋ってんじゃねえぞ、コラ」

 先程の少年の言葉で、いよいよ高校生たちの目に暴力の光が灯り始めた。それに対する少

年は別段表情を変えることもなく、臆せずその場に佇んでいる。

 

「スカしてんじゃねえよ」

 言うが早いか、高校生の一人が少年の胸倉を掴もうと手を伸ばしてきた。このまま少年の胸

倉を掴んで壁に打ちつけ、怯んだところで何発か膝蹴りをお見舞いしてやるつもりだった。

 だが少年の拳はそれよりも早く、そして強烈だった。

 

 ボグン。

 

 実際には聞こえていないけど、効果音をつけるとすればそんな感じの一撃だった。

 少年は高校生の手をかいくぐって懐に入り込み、がら空きになっているみぞおちにショートア

ッパーの要領で力のこもった拳を叩き込む。そのあまりの威力と重みに高校生の身体は地面

から浮き上がり、そのまま顔面から地下道に叩きつけられた。

 

「なっ…………」

 残された高校生たちは一連のその様子を、自分たちの仲間が血と吐瀉物を吐き散らしなが

らびくびくと痙攣している姿を信じられない面持ちで見つめていた。

 それを見ていた高校生の一人は、ごうっ、という風圧が自分に向ってくるような音を確かに聞

きとった。そして視界の隅に迫り来る爪先を認識した瞬間、顔面をガードしなければという思い

が生まれる。しかし高校生の筋肉が動くよりも早く、少年の爪先がその高校生の顔面に深々と

めり込んでいた。血飛沫が飛び、鼻骨が砕けた音と感触が爪先から少年の身体へと伝わる。

 

「このクソガキがぁ!!」

 サングラスの少年の背後に立っていた高校生が当たって砕けろと言わんばかりの勢いで殴

りかかってくる。渾身の力が込められた拳は少年の手に易々と掴み取られ、続いて勢いが乗っ

た少年の拳が高校生の脇腹に突き刺さった。その衝撃は骨を軋ませ、内臓にダメージを与え

る。殴られた高校生はまるでトラックに衝突されたかのような勢いで横手に吹き飛ばされた。

 

「ハッ、やってることがいちいちスットロいんだよ!」

 吹き飛ばされた高校生が地面に落ちる寸前、少年は近くにいた高校生の顔に弾丸のような

拳を叩き込んだ。パァン、という小気味いい音が地下道に響き、鼻骨と前歯を叩き折った感触

は少年に獰猛な笑みを浮かべさせる。

 

「ちょ、ちょちょちょちょっと待った! あ、いや、待ってくださいお願いします!

 ただ一人残された高校生は両手を上げて降伏の意を示し、引きつった笑みを浮かべながら

ジリジリと後退していく。すぐに逃げなかったのは足がすくんで動かなかったのと、一連の出来

事が一瞬で起きたため、彼の頭に”逃げる”という選択肢が浮かんでこなかったからだ。

 

 それにもし逃げ出していても、こいつからは――この悪魔のような少年からは絶対に逃げられ

ないような気がした。少年に背を向けて駆け出した瞬間、自分が仲間たちと同じように血反吐を

吐いて地面に倒れている光景がはっきりと想像できた。

 

「あ、あの、その……すんませんでした! 俺らが馬鹿でしためちゃくちゃ反省してますすいませ

んごめんなさい許してください」

 戦っても勝ち目が無いと悟り、高校生は態度を一変させ土下座をしながら謝り続ける。自分

よりも年下の、それもまだ中学生のガキにペコペコと頭を下げるなんて真似は彼にとって屈辱

以外の何者でもないが、今の彼にとって屈辱なんて塵ほどの価値もない。重要なのはどうやっ

てこの場所から逃げ出すかだ。

 

 先程まで恐喝をしていた人間とは思えないほど卑屈な態度を見せる高校生に対し、サングラ

スの少年は口に手を当てて考え込むようなポーズを取っている。

 そして親指をグッと立て、笑顔で一言。

「いやだ」

 

 その直後訪れた痛みと衝撃により、高校生の意識は強制的に断ち切られた。

 

 

 

 

 

 サングラスの少年は何度か背伸びをすると、すっかり短くなってしまった煙草を靴で踏み消し、

ポケットから新しい煙草を取り出して火をつける。水色のサングラスの前に白い煙が立ち昇り、

わずかな血の臭いが広がる地下道に煙草の臭いが混ざっていった。

 

「――今度からはカモる相手を確認したほうがいいぜ、センパイさんたち」

 まるで死体のように横たわっている高校生五人には目もくれず、サングラスの少年――渡良

瀬道流は身を翻して歩き出した。

「あーあ。どうせ囲まれるんだったら美女たちの方がよかったなあ」

 クスクスと笑いながら、静海市最強と呼ばれている少年は夜の色が濃くなってくる街へと続く

階段を上って行く。

 

 

 

「――――ん?」

 街灯の灯りに照らされている階段、ちょうど道流の視界の中心に影が差し込んだ。物ではな

く、その影は人間の形をしている。あの高校生たちの仲間がまだいたのかと思い道流は渋面

を作ったが、その人物の正体を知って道流は顔を綻ばせた。

 

「よう、久しぶり。春休みは元気だったか?」

「……別に」

「うーん、その素っ気無い態度も相変わらずだねえ。まあ、それが涼音の素敵なところなんだ

けど」

 道流の軽口にも反応を見せず、琴乃宮涼音は無表情なままだった。彼女はそれ以上道流と

話をしようとはせず、彼の横を通り過ぎて行く。

 

「――そういや、今日から新学期だったんだろ? 新しい担任が来るって聞いてたけど、どんな

奴だった?」

「大学を卒業したばかりの男の人」

 男の人、というフレーズを聞いて道流の顔から一気に興味の色が失われる。恐らく女性教師

が来ることを期待していたのだろう。道流の期待はあっけなく潰えたというわけだ。

「あーあ……せっかく夢のような学園生活が送れると思ってたのに。新担任が男じゃ、なんも期

待できねえな」

 何を期待していたのかは知らないが、道流は本当に残念そうな顔をしている。

 

「でも、薫が仲良くしているから悪い人じゃないと思うけど」

「薫が?」

「うん。今日の朝、ちょっと助けてもらったから」

 道流と涼音の交友関係は中学一年生の時からで、それは今も続いている。二人の性格はま

るで正反対だが、不思議なことにケンカをしたことは一度もなかった。それは恐らく、フェミニス

トである道流と、興味のないことにはできるだけ関わらないようにしている涼音のそういった部

分が上手い具合に作用しているからだろう。

 

 そんな二人が知り合ったきっかけは、今も話題に上っている村崎薫という少女にある。道流

は薫を通して涼音を、涼音は薫を通して道流と仲良くなった。

 もしも薫がいなければ、道流と涼音は街中どころか学校ですら会話をすることもなかったかも

しれない。

 

「薫と仲良くしてるって時点で大いに気に食わねえが……まあ確かに、話を聞いている分には

ムカつく奴じゃなさそうだな」

「まだ断言できるかどうか、分からないけどね。……そろそろ待ち合わせの時間だから、僕は

この辺で行かせてもらうよ」

 軽く手を挙げ、涼音は足早に去って行ってしまった。

 

 道流はその背中を見送りながら、先程涼音が言っていた新人教師のことについて考えを巡

らせる。

「新しい担任か……どんな奴なんだろうなあ。ああクソッ、こんなことなら今日学校に行ってりゃ

よかったぜ」

 そんな愚痴をこぼしつつ、道流は街の中へと消えて行った。

 

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