人は誰も気づかない。 何事もないように、これからも何事もなく過ぎて行くであろう日常のすぐ側にあるものを。 人はそれに巻き込まれて、ようやくそれの存在に気づくことができる。 限られたごくわずかな人間や、普通ではない特別な人間だけが立つことを許される別世界。 そこはもう日常ではなく、想像もできない事態、無慈悲な結末が容赦なく襲い掛かる場所。 それが、非日常。
「どうにもならなかったのかな……」 ”それ”を体験した女性は、幾度となく自分に問いかける。いったい何回同じ事を繰り返して いるんだろう。納得のいく答えなんて帰ってくるはずはないのに。 「あのときにああしていれば、って今でも思う。そうすれば、今とは違う結果が――ひょっとし たら今よりも幸せな結果が生まれていた?」
それでも彼女は問いかけることをやめることができない。そうすることで過去の罪を再認識 し、自分が生きていることの意味を忘れないようにするために。 あの最低最悪な出来事を忘れるなんてこと、あるはずがないというのに。
だとすればこれは、罪の認識の意味が強いのかもしれない。 自ら望んで背負ったわけではない罪の贖罪、今こうして生きていられることがどれほど幸福 なのか。 それを認識するために、今も彼女は質問を続けるのだろう。
「私は、どうすればよかったんだろう」 悪夢の残滓は決して外れない枷となり、彼女はそれを引きずったまま生きている。 どれだけ軽くなろうと、決して外れはしない黒い枷。
彼女は最後に、あの奈落と地獄が混濁したような――数ある非日常の中でも性質の悪い 部類に入るであろう世界で出会った人物に質問を向ける。 もう決して会えることがない人物に、決して返ってこない質問を向ける。 あの人もまた、日常から逸れた非日常の世界の住人だった。 それもとびっきりの、その”存在自体”は有名だが誰もが遭遇するだろうとは思っていない、 異質と非日常の頂点にランクする世界の住人。
こことは違うもう一つの世界に住む彼は、確かに実在していた。 彼の声は、自分が見てきた彼の姿は決して偽りなどではない。 彼女は確信を持って、そう思っていた。
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