不良がたむろする場所は? と聞かれたら世間一般の人間は何と答えるだろうか。

 ゲーセン、深夜のファミレス、コンビニ、あとは公園。

 まあ挙げられるのはだいたいこの辺りだろう。実際はどうか分からないが、人間には固定

観念というものが存在するから「今時そんなベタベタな不良がいるかよ」と思っていてもつい

答えてしまうものである。

 

 ということは、真昼間の喫茶店で一人寂しくコーヒーを飲んでいる俺は不良らしくないのだ

ろうか? チョコレートワッフルなんて頼んでいる時点で不良らしくないかもしれない。いや、

チョコレートワッフルを食べているからって『〜らしくない』という考え自体が間違っている。

誰だって食べたいものを注文するだろ。チョコレートワッフルに罪はない。

 

 つーかそもそも俺って不良なのか? 学校の連中からはそう思われているみたいだけど、

俺ってあまり――というか全然ケンカとかしてねえよな。

 

 2005年3月20日。三学期の終業式を控えた週の日曜日、俺は新潟市内にある行き着け

の喫茶店に来ていた。『説』という名の店で、雑誌などに載ったことはないが知っている人の

間ではかなり評判が高い店である。事実ここの店の飲み物やデザートは格別だ。毎日通って

いても全然飽きない。いや本当に毎日通っているわけではないけど。

 俺は説名物のブルーマウンテンを口にし、左腕につけている腕時計に目を落とす。

 

「一時三十分か……」

 やっぱり早く来すぎたかもしれない。

 あいつとの待ち合わせ時間は午後三時。あと一時間半もある。遅刻したらやばいというか

確実にハイキックが飛んでくるなと思い余裕を持たせてきたが、さすがにこれは余裕があり

すぎだ。

 さて、残りの時間をどう過ごそうか。店のメニュー全種類制覇なんかいいかもしれない。

ただし俺の財布が致命的なダメージを受けるだろうけど。

 

「なーにさっきからそわそわしてんだよ」

 と、額に軽い衝撃が走った。どうやらでこぴんされたらしい。

「ひょっとしてあれか? ようやくあたしの美しさに気がついて思春期の少年にありがちな蛍光

どピンクの妄想全開ってやつか?」

 カウンター席に座っている俺にでこぴんが出来るということは、今の行為はカウンターの中

にいる人物――つまり”あの人”がやったということになる。

「昼下がりにいい大人が下ネタ言ってんじゃねえよ」

 

 真っ赤な襦袢に赤いフレームの眼鏡。そして髪まで真っ赤に染めているという全身赤尽くし

のファッション。普通の人だったら引くだろうけど、この人がしていると全然そうは思わないか

ら不思議だ。むしろワイルドさと相成って非常にかっこよく見える。

「まーたまた。本当はおめーもこういうの好きなんだろー?」

 そう言って馴れ馴れしく俺の肩に手を回してくる。こぼしたら染みになる飲み物が近くにある

ときにこういうことするのは止めてほしい。

 

 彼女はこの店の主人にして唯一の従業員、琴乃宮赤音(ことのみや あかね)さん。肩にか

かるセミロングの髪。女性にしては背が高く175センチくらいある。そして髪の色は常に赤。

何故だか分からないが、中学の頃からずっとこうしてきたから愛着が湧き今更変えたくない

そうだ。名は体を現すという言葉どおり、赤音=赤い服なのである。

 赤音さんはいろいろな服(特に人目を引く派手なもの)を着るのが趣味らしく、彼女の服は

訪れる日によって違うものになっている。

 確か一昨日来たときはマフィアみたいなスーツ姿で、その前来たときは白とピンクのナース

服だった。まさに一人コスプレ大会。一部の趣味の方々にはたまらないだろう。

 赤音さんは一人でこの店を切り盛りしているので、店の中は結構狭い造りとなっている。で

も俺はこういう独特の雰囲気がある店のほうが好きだ。だいたいあまり客が入っていないか

ら狭くても関係ないし。

 

「なあ、本当のとこはどうなのよ」

「何が」

「なんかそわそわしている理由」

「俺はそわそわなんかしてねーよ」

「お前客観的に自分を見れねえのかコラ。めちゃくちゃそわそわしているじゃねーか。落ち着

きゼロだぞ」

 

 赤音さんは飲食店の経営者とは思えないほど口が悪い。本人から聞いたところによると、

赤音さんは生徒の半数以上が不良として有名な静海(しずみ)中学の出身らしい。静海中学

はここから離れた三条市にある学校だからよく分からないけど、十年位前は警察沙汰が耐え

なかった新潟県一の問題校だったそうだ。

 

『あの頃のあたしは相当なもんだったよ。何せみっちゃんや威とタメ張れるのは私と涼音ぐら

いだったんだからね』

 

 とは本人の談である。しかし俺はその”みっちゃん”や”威”なる人物がどういう人間か知ら

ないのでコメントのしようがない。赤音さん曰く、みっちゃんは『単純馬鹿のフェミニスト』で威

は『群れたがり』らしい。何のことだかサッパリだ。

 ただ赤音さんは、”涼音”っていう人のことを聞こうとすると途端に不機嫌というか悲痛な顔

になる。前に尋ねたときも「あいつのことはあまり思い出したくないんだよ」と言い、結局教え

てもらえなかった。

 いつも楽しそうにしている赤音さん。彼女が暗い表情を見せるのは、俺が知る限りその名

を口にしたときだけだ。

 

「俺ってそんなにそわそわしているか?」

「してるね。さっきから何度も何度も時計を見たり入り口のほうを確認している。その様子だと

誰かと待ち合わせか? やるねえ悠ちん。ヒューヒューッ!」

 俺の様子が普段と違うだけで何でこうも楽しそうにできるんだろう。いやそれよりも。

「なあ、いい加減その呼び方止めてくんねえかな」

「いいじゃん別に。減るもんじゃあるまいし」

 小学生かあんたは。

「はぁ……。もういい、言った俺が馬鹿だった」

「やーいバーカバーカ」

「…………」

 マジでぶん殴りなくなった。しかしそんなことをしてはいけない。俺は以前赤音さんが酔っ払

った大学のラグビー部員15名を全員素手で倒したのを見たことがある。ここで一時的な感

情に身を任せてはせっかくの春休みを病院のベッドの上で過ごすことになりかねない。ここは

我慢だ。我慢するんだ俺。

 

 ゆったりとした曲が流れる店内に、カランコロンという音が鳴り響いた。どうやら客が入って

きたらしい。

「いらっしゃいませー」

 元気よくもなく、投げやりでもないごく普通の挨拶。ここだけ聞くと先程下ネタを口にしていた

人間とは思えない。

 足音からするに客は二人。ということはつぐみではないことは決定的だ。というか待ち合わ

せ時間までまだあるから来るはずがないんだけど。

 

 足音はだんだんと近くまで迫ってきて――俺のすぐ脇で止まった。どうやら隣の席に座るよ

うだ。何だよ他にも席なんてたくさん空いてんだろテーブル席に行けよボケとか思いながら、

その客の顔を一瞥する。

「…………」

 コーヒーカップを掴みかけていた俺の手がぴたりと停止した。なぜならその客は俺の知って

いる顔だったからだ。

 

「おっすおはよーこんにちはでご苦労さん! いやいや奇遇だねえ偶然だねえ予期せぬ遭遇

ってやつじゃんこの状況と書きシチュエーションと読む!」

 一息で大量の言葉を放つその客とは対照的に、俺は一時的に言葉を失っていた。

 えーと、ちょっと待ってくれ。とりあえず俺はどうすればいいんだ? こんにちはって言われ

たから俺も挨拶を返すべきなのだろうか。

 そうこうしているうちに、その人物――山田太郎はマシンガンのように喋り出す。

 

「買い物帰りの散歩がてらにぶらぶらしていて喉が乾いたなーと思ったらちょうどよく喫茶店

があったから入ってみたらこんなトコでお前と出会うなんてなあ! ハハッ、こりゃー滅多に

ねえ場面だぜまったく」

 状況説明ご苦労様。聞く手間が省けて助かった。

「……何でお前がここにいるのかは分かった。で、何で俺の隣に座ろうとするんだ?」

「そりゃ愚問って奴ですぜ兄貴。俺はただ美人のお姉さんを間近に感じようとこのカウンター

席に座ろうと思っただけ。だーれもお前のことなんか眼中にねーのっつーか図に乗るな!」

 怒られた。つーか何で俺が怒られなきゃいけないんだろうか。

「いやーまいったなーこう面と向かって『美人』とか言われるとさすがのあたしも照れちゃうじゃ

んか。少年、あんたの名前は?」

「苗字は山田で名は太郎です、麗しいお姉さん」

「へー、イカス名前してんじゃない。気に入ったわ。まあゆっくりしていきなさいよ」

 美人と言われて赤音さんご機嫌らしい。この人は子供っぽいところがあるから簡単なことで

喜ぶんだよな。

 

 とりあえず山田のことは置いておくとして……問題はあいつの後ろにいる女の子だ。

 背中の半ばほどはありそうなさらさらの黒髪は大東亜に昔からある人形を思わせる。見た

ところ十三……十四歳くらいか。厳しくしつけられた令嬢みたいな感じの子だ。つぐみまでは

いかなくても充分綺麗(この年齢だと可愛いの方がいいか)だ。

 この子が誰か分からないので、とりあえず山田に聞いてみることにした。

「なあ、そっちのその子誰だよ」

「ああ、俺の妹」

「…………………………………………」









 何か変な言葉が聞こえました。









「赤音さん」

「何よ悠ちん。あたしは太郎ちゃんに出すスペシャルブレンドを淹れるのに忙しいんだから用

があるんだったら後に――」

「いいから聞いてくれ。…………妹というとアレだよな。年下の女兄弟のことだよな」

「一部の殿方にはたまらないアレのことね」

 なにやら偏った知識を疲労する赤音さん。とりあえず無視しておこう。それよりも今はあの

山田太郎に妹がいたという驚愕の事実を受け入れるのが先だ。

 

「おい、お前に妹がいるなんて話聞いたことないぞ」

「だって誰にも言ってねえもん」

 ……この野郎。

「それに正しく言うと義妹なんだけどな」

「――?」

「ああ、悪い悪い。言葉じゃ上手く伝わんねーわな。つまり、こいつは義理の妹ってことだよ」

「義理のって……じゃあお前かそっちの子のどっちがか養子ってことか?」

 山田は「ご名答」と言って親指を立てる。

 

「おう。俺は父さんたちの本当の息子じゃねえんだよ。実の親は昔に事故で死んじまってな。そ

んで施設に預けられているときに父さんに拾われたってわけ。そんときの子供はこいつ一人

でよ、うちの会社ってでかいから跡取りがいないって状態になっちまうじゃん? それに困っ

て養子を探してたんだと。うちの親って何か子供ができにくい身体らしいから養子を探してた

って言ってたけどな」

 

 何気に重要なことを軽い口調で話す山田。こいつが金持ちだってことは知っていたけど、養

子だということは知らなかった。日頃明るく――というか馬鹿みたいに騒いでいる姿からは想

像もつかない事実だ。

 悩み事なんかないように見えるけど、こいつも暗い過去を持ってるんだな。人間いろいろあ

るってことか。

 その間もいらないことをベラベラと話し続ける山田の音声をシャットアウトし、俺は黙ってコー

ヒーを飲むことに専念する。ああこいつうるさい。早く帰ってくんないかな……。

 

「お兄さん」

 聞いたことのない声が聞こえた。

 今現在この店にいるのは俺、赤音さん、山田(兄)と山田(妹)。赤音さんと山田(兄)の声を

聞き違えるはずがない。ということは――。

 俺は黙って声のした方向を見た。俺の右隣のカウンター席、先程までは空席だったそこに

いつの間にか山田(妹)が座っている。

 左を向けば山田。右を向いても山田。ダブル山田だ。

 

「お兄さん、名前はなんて――あっ」

 山田(妹)は何かに気付いたらしく、慌てて自分の言葉を訂正する。

「失礼しました。初対面の方に名前を聞くときはこちらから先に名乗るべきですよね」

 

 おお。

 凄い。本気で感動した。様々な欲望が蠢くこの二十一世紀の大東亜で、しかもこの年齢で

ちゃんとした礼儀を持っている人間がいるだなんて。隣でコーヒーを飲みながら赤音さんと喋

っている馬鹿兄貴とは大違いだ。まさに月とスッポン。ドクターペッパーとドンペリぐらいレベル

が違う。

 

「私、山田太郎の妹の山田薫子(やまだ かおるこ)と申します」

 と言って可愛らしく頭を下げる薫子。

「ども。浅川悠介です」

 ここまで丁寧にされた手前、無下に扱うわけにはいかない。俺だって最低限の礼儀くらいは

持ち合わせている。

「あの……浅川さんはお兄様と同じクラスなんですよね?」

「まあ一応」

「では一つ質問させてもらってもいいですか?」

「別にいいよ。答えられる範囲でいいなら」

 

 何を聞くつもりだろうか? 馬鹿兄貴と同じクラスかどうかということを聞いてきたから……

あいつが普段学校でどう過ごしているか、なんて聞くつもりかもしれない。兄想いのいい子じゃ

ないか。本当、改めてあいつの妹とは思えないな。いや実の妹じゃないんだけどさ。

 

「何故浅川さんはお兄様に敬意を払っていないのですか?」

「…………はい?」

「先程から様子を見させてもらっていましたが、あなたのお兄様に対する態度は非常に無礼

で失礼です。まるで渋谷のど真ん中で悪魔降臨の踊りを踊っている人間を見ているような目

でお兄様のことを見ていましたよね? 信じられません。常軌を逸しています。お兄様は将来

わが社を背負って立つ人間なのですよ? 本来ならばあなたのような平民如き、口をきくこと

どころか顔を合わせることすらできないというのに……。ああ、本当に信じられませんわ。薫

子大ショック」

 

 大ショックはこっちだ。

 何てことだ……まさかこいつがこんな性格をしていただなんて。ドッキリにも程がある。あの

兄にしてこの妹ありだ。こいつら本当は血が繋がっているんじゃないだろうか。

 

「謝りなさい」

「は?」

「謝りなさいと言っているのです!」

 カウンターを叩いて激昂する薫子。

「今すぐ、今すぐお兄様に謝りなさい! これでもかというほど頭を床に擦りつけて、『私が悪

かったです』と心の底から謝罪するのです!」

 

「…………」

 あまりの展開に絶句する俺。

「いいですか、お兄様があなたから受けた侮辱を考えればこれは凄まじく好意的なことなので

すよ!? さあ早くやりなさい早く早く早く!」

「いや……俺別に失礼なことした覚えはないんだけど」

 瞬間、薫子が割れんばかりの大声で叫んだ。

「信じられません信じられません信じられませんわ! こいつとうとうとぼけちゃいましたわ!

薫子超ショック!」

 

 超ショックはこっちだ。

 ダメだ。このままでは埒が明かない。このままいくと殴り合いのケンカになることは必死だ。

俺は別にそれでもいいけど、店の中での暴力行為は赤音さんの導火線に火をつけることに

なりかねない。ここは俺が何とかしなければ。

 

「――おい、山田」

「あん? どーした浅川」

「いや……なんか知らないけどお前の妹がパニック起こしてるんだよ。店の中じゃ赤音さんに

迷惑かかるから、ちょっと外に出してなだめてきてくれるか?」

「ああ、そんくらい別にいいぜー。お前の知り合いの姉ちゃんにまで迷惑かけるわけにゃあい

かねーからな」

 山田は出されていたコーヒーを一気に飲み干し、俺の隣でぎゃーすか喚いている薫子の襟

を掴んでずるずると引きずっていく。

 

「何をするのですかお兄様! 放してください、私はあの俗物に用が――」

「はいはい。わーったから少し外出てようぜ。俺様ちょっち外の空気が吸いたくなっちまったか

らよ」

 山田に引きずられて店から出て行くときも、薫子は射抜かんばかりの視線で俺のことを睨み

つけていた。何か凄い怖い。

 俺、何かしたのかなぁ……。

 

 というわけで、山田兄妹は一時的に店の中から姿を消した。先程の騒動がまるで嘘のよう

に、店内は静まり返っている。

 赤音さんは太郎のコーヒーカップを片付け、後ろに備え付けてある流し台にカップを置く。

「賑やかな子たちだよなー。あんな子たちと知り合いのあんたが羨ましいわ」

「……本気で言ってんのか、それ?」

 ちくしょう、何か今日運が悪くないか? 本当に俺が何したってんだよ。ちょっと早く待ち合わ

せ場所に来ただけだってのに。

 

「ねえ悠ちん、そろそろ今日何があるのか教えなさいよ。太郎ちゃんたち今外にいるし、別に

言ってもいいでしょ?」

「ほんとしつこいよな、あんたも」

「だって気になるじゃん」

 しばらく悩んだ挙句、俺はついに白状することにする。というか黙っていたら腕力に訴えられ

そうで怖かったからだ。

「……実は今日、俺の十四歳の誕生日なんだよ。それを知り合いに言ったら『じゃあ誕生日の

記念にどっか遊びに行こうよ。プレゼント持ってってあげるからさ』って言われて、それで今日

ここで待ち合わせってことに」

「へぇ……ねえねえ、その知り合いって女の子?」

「……そうだけど」

 途端、赤音さんの顔がニヤニヤとしたものに変わる。

 

「へー、そっかそっか。悠ちんもそんな年頃になったかー」

「何想像してんだコラ」

「べっつにー。いやーでもお姉さん嬉しいよ。そんでその子は何時くらいに来るの?」

「三時」

「今は二時ちょいだから……あと一時間か。楽しみだなー。来たらあたしにもちゃんと紹介す

るんだぞ」

「誰がするか」

 

 しかしその日、つぐみが店に現れることはなかった。

 あいつが四十度の高熱を出して寝込んでいたと知るのは、それから三日後のことになる。






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