どこの学校にも生徒指導室なる部屋が存在する。それは舞原中学校も同様であるが、優等

生が多いこの学校では問題を起こす生徒が非常に稀なため、生徒指導室が利用される機会

はそれほど多くなかった。

 ただ――どういったものにでも『例外』は存在するものである。

 

「……なあ浅川、お前これで何回目だ?」

 放課後の生徒指導室で、舞原中学の教師高峰誠治は溜息交じりに呟いた。片付いてはい

るが飾り気のない部屋に机と椅子が数点。彼はその一つに座っている。

 誠治は教師歴十年のキャリアを持つ経験豊富な教師だ。短く切りそろえられた髪にビシッと

したスーツ姿、精悍な顔と口元に蓄えられたヒゲは「ダンディ」と呼ぶに相応しい容姿だった。

分かりやすい授業内容と合わせて男女問わずに生徒人気が高い教師だ。

「そんなのいちいち覚えているわけないだろ」

 素っ気無く言い放ったのは彼の前に座っている生徒、浅川悠介だ。無愛想だが整った顔立

ちをしていて、普通なら女子生徒に人気のありそうな少年だ。

 だが悠介は校内一の問題児と評されており、真偽が定かではない様々な噂が飛び交って

いる。それが原因で彼と関わろうとする生徒はほとんどいなかった。

 

「まあいい。で、今日は何で呼び出されたのか分かるか?」

「ハゲ山の授業をサボったから」

「ちゃんと分かっているようだな。それと教師をあだ名で呼ぶのはやめろ」

 ハゲ山とは悠介のクラスの数学を受け持っている影山先生のことである。何でそう呼ばれ

ているかはみなさん分かっていると思うのであえて説明はしない。

「お前三学期に入ってハゲ……影山先生の授業を五回もサボっているだろ。影山先生かなり

怒っていたぞ」

「知ったこっちゃないないね」

「知ったこっちゃないねじゃないだろ。お前ももうすぐ三年になるんだし、もう少し大人になって

考えてみたらどうだ。出席日数が足りないとあとで痛い目を見るのはお前なんだぞ」

「俺だってそのぐらい分かっているよ。でもあいつは気に入らねえんだ、仕方がないだろ」

「気に入らないって……具体的にどういう風に?」

 悠介があまり自分のことを話さない生徒だということは誠治も知っていたが、ここはあえて

聞いてみることにした。

 

「あいつは成績だけで人の優劣をつけたりやたらと贔屓したりすんだよ。俺が真面目に授業

受けていてもどうでもいいことでイチャモンつけてくるし、正直言ってあれじゃやる気起きなく

なって当然だ」

 影山先生が生徒たちの間で評判が悪いことは知っていたし悠介の気持ちも分からないでも

ないが、だからといって彼の行動を黙認するわけにはいかない。

「だからといって授業をサボっていい理由にはならないだろ」

「嫌なもんは嫌なんだよ」

 誠治はまた一つ溜息をついた。一筋縄ではいかないと判断し、一旦話題を切り替えること

にする。

「そういえばお前って進路決まっていたっけ」

「……一応」

「どこの高校だ?」

「舞原高校」

 彼の口からその名が出てきたことに誠治は驚きを覚えた。舞原高校といえば県内でもトップ

クラスの名門校である。不良と呼ばれている悠介が志望しているとは思えない。

 だが、彼が嘘をついているようにも見えなかった。

 

「そうか……ちょっと待ってろ」

 誠治は用意しておいた成績表をめくる。ここには悠介のテストの結果、過去の成績や内申

点などが書き記されていた。

「……なんて言うか、テストの点は悪くはないよな。これからの努力次第ではあそこも充分狙

える点数だし」

 悠介の成績は学年でも上の下、といった感じである。勉強ができる不良というのもなんだか

おかしな話だ。

「でもやっぱり出席日数が足りないのと内申が低いのは問題だな。向こうはテストの結果だけ

でお前を評価するわけじゃないんだし」

「はあ」

「本気で舞原を目指しているんだったらちゃんと授業に出ろ。最近はあまり騒ぎを起こしてい

ないみたいだし、こんなくだらないことでチャンスを逃すのはもったいないことだぞ」

「…………」

「まあお前も分かっているようだし、今日はもう帰っていいぞ」

「ういっす」

「これからは気をつけて行動しろよ」

 

 悠介が部屋から出て行く直前、誠治は気になっていたことを聞いてみた。

「なあ、浅川」

「? まだ何かあるのかよ」

「いや……正直言うとお前が舞原に行こうとしているとは思っていなかったんだよ。だから少

し意外に思ってな。あそこを志望する理由でもあるのか?」

 そう尋ねると同時に部屋の中に奇妙な静寂が訪れた。悠介はわずかに目を細めて誠治の

ことを見たが、声を荒立てることもなくいたって普通に返答する。

「……誰にも言わないって約束するなら、言ってもいい」

「そんな心配するな。お前の秘密なんて俺にとっちゃ一銭の得にもならんよ」

 苦笑しながら答える誠治。つっぱっているようで子供っぽいところも残している悠介がおか

しく見えてしまう。

「…………つぐみが舞原に行きたいって言ってたから」

 雪姫つぐみ。現生徒会長で類を見ないほどの美少女である。文武両道で人望も厚く、およそ

欠点が見当たらない生徒だ。彼女と悠介が一緒にいる姿はよく見かけていたが……。

「そうかそうか、そういう理由か」

「何ニヤニヤ笑ってんだよ」

「いや別に。しかしお前も普通の中学生だったんだな。まさか雪姫が――」

「それ以上言うな! 言ったらぶん殴る!」

「冗談だよ冗談。それよりお前顔真っ赤だぞ」

「……っ! 俺はもう帰るからな! いいか、今のこと絶対誰にも言うなよ。分かったな!」

 

 悠介がいなくなった生徒指導室。誠治は胸ポケットからタバコを取り出し、口に咥えてライタ

ーで火をともした。

「あいつが変わった理由は雪姫か……」

 立ち昇った煙をしばらく眺め、ぽつりと呟く。

「ああ見えて青春しているんだな、あいつも。……俺って中学生のとき何してたっけ?」

 昔の記憶に思いをはせ、誠治は遠くに聞こえてくる部活をしている生徒たちの声に耳を傾け

ていた。




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