「やあ諸君! 遅れてしまってすまないね!」
その男は、壊れんばかりの勢いで扉を開け、部屋の中に入ってきた。
オーバルテーブルに着いていた三人の男と一人の可憐な乙女の前に現れた、仮面と青いマントを身に付けた男。
先に室内にいた四人は彼の容姿に何一つツッコミを入れる事もなく、それが当然のことのように振舞っている。


「気にしないで下さい。俺たちも全員揃ったのはついさっきの事ですから」
椅子に座ったまま気さくに答えたのは、赤い髪をポニーテールにした青年、茜だ。
「そうかそうか、それなら良かった!」


「群青チャン、今日集まった理由って、ひょっとしてあのことが関係しているのぉん?」
曲者揃いのメンバーの中でも一際目立つ存在である萌黄が、髪をかき上げつつ流し目がちに言った。
本人はアンニュイな雰囲気を漂わせているアタシって素敵(はぁと)状態なのだが、傍から見ればキモいだけである。

「そう、さすがは萌黄だ。鋭いね! 今日は諸君に、新入隊員の最終選考に立ち会ってもらいたいのさ!」
椅子から立ってマントを翻し、わざわざ大げさなポーズを取る群青。


「ああそっか。新入隊員の選考、もうそんなところまで進んでいるのか」
ボールペンを指先で回しながら興味の無さそうな声で呟いたのは、メンバーの中で学者系に位置する人物、若葉だ。


「何故か僕たちの元には何の情報もきていなかったから、どこまで進んでいるのか分からなかったッスよね」
黒のレスラーパンツにクマのマスクを被った男性、黒瀬。存在感を消せるという地味な能力を活かしての諜報活動が得意だ。
どうでもいい事だがバスケも得意であり、その昔は強豪チームの幻の6人目として活躍していたことがあるらしい。

黒瀬と萌黄は通常の会議室であるこの場所で異彩を放ちまくっていたが、ここにいる五人は常にこの格好で業務をこなしている
ため、彼らの間ではこの異常こそが正常なのである。



「思い起こせば、ビリジの件からもうすぐ三ヶ月……君たちには、大変な苦労を強いてしまったね」
静かに思いに浸る群青。ようやく訪れたこの時を噛み締めるかのように、その手が自ずと握り締められた。
彼らは本来、六人で一つのチームだった。しかし今から三ヶ月前、コードネーム・ビリジアンと呼ばれていたメンバーが
逮捕されてしまった。それも罪状としては極めて恥ずかしい、猥褻物陳列罪で。

「児童ポルノ法違反じゃなかっただけでもまだマシと考えるべきだ」
とは若葉の談なのだが、それでも彼らがこの三ヶ月、周りから「変態」だの「変態」だの「変態」と呼ばれて蔑まれて
きたことに変わりは無い。現実は非情である。


ベテランメンバーの退場。周囲からの好奇の視線。彼らはこの三ヶ月間、非常に辛い生活を送っていた。


「メールで戦力増強プロジェクトは大成功と言っても過言ではないね!」
群青は明日の方向へ向かい、ひとり強く頷いた。


大東亜最大のソーシャル・ネットワーキングサービスに有名人を装ってコミュニティを立ち上げ、コミュニティに参加したメンバー
に向けて暗号を発信。解いた人にはご褒美があるよ、との一文を沿え、それを解き明かした頭脳明晰な者を秘密裏の場所に集めて更に
ふるいにかける。そうして選りすぐられた人物が今日、最終選考のためここに来ているのだ。

もちろんこの手段は完全に詐欺であり、騙された人物達から抗議の声がいくつも上がったが、軍関係者という立場を利用してそれを
無理矢理黙らせていた。軍属の者がこれだから世も末である。



「それで、今日来てるのは何人なんですか?」
「ん? 一人だよ」
「一人……か。まあ、残ってるだけでも良しとするか」
「そうッス。背に腹は変えられないッス」
「ねえ群青チャン、その新入隊員……アタシ好みの良い男なのかしらぁん?」
「フフフフフ、君たち、早くその子を見たくてしょうがないって顔をしているね!」

と、そこでチラッと腕時計に目を落とす群青。


「心配せずとも、残った人物はもうすぐここに来る。その人物が我が隊に相応しいかどうか、僕たちで見極めようじゃないか!」
群青は手を高々と上げ、メンバーに視線を送った。容姿はともかくとして、大東亜共和国の政府陸軍に所属しているに相応しい、
威厳に満ちた堂々たる声だった。

と、まるでその声を待っていたかのように、扉がノックされた。
「噂をすれば、ってやつか」
若葉の声に、隣に座っていた黒瀬が」アルトリコーダーを「ぷぴー」と吹いて、肯定の意を表する。

「入りなさい」
群青は部屋に入ってきた時の浮かれた声とは違う、隊を率いるものとしての落ち着いた声で呼び入れた。



次に扉が開かれた時、その容姿と声色に、群青以外の四人は目を丸くした。
そこにいたのは、細身の女性だった。服装はいたってシンプルなスーツ姿で、マントもアルトリコーダーも身に付けていなかった。
薄い唇とほっそりした顎先。控えめな鼻梁。癖のないダークブラウンの髪は顎にかかるくらいの長さで切り揃えられていた。
年齢は二十代前半といったところだろうか。刃物のように鋭い眼光を除けば、なかなかの美人だった。


「白波(しらなみ)です」
扉を閉めた彼女は、それだけ述べて口をつぐむ。涼やかな雰囲気に良く似合う、落ち着いた声色だった。


「はぁー……まさか女の子だったとは」
女性を見るといつも真っ先に口説きにかかる茜が、落ち着かない声を出していた。正確には女の子ではなく、『女性』という
表現が相応しいのだが。

「結構美人じゃなぁい。もちろん、アタシには負けるけどぉん」
「マジキメェですよホモマッチョさん。つーか本当に良い女だな。脚もまあ……悪くはない」
「とりあえずスリーサイズくらいは聞いておくッスか?」
「黒瀬さん、それはさすがに気が早い。まずはそのズボンを脱いでスカートに着替えてくれと言うべきだ」
「あーもう、お前ら何言ってんだよ。それなら……」
広いテーブルの片隅に寄り合った茜、若葉、黒瀬は、白波に聞こえぬよう作戦を計画した。

「えーっと……白波だっけ?」
「はい」
作戦が確定すると、カッコつけたように元の位置に戻る三人。

「まずは自己紹介をしてもらおう。いいですよね、群青さん」
「ああ、構わないよ。これは面接形式で進めるからね。茜だけじゃなく、君たちも聞きたいことがあったらじゃんじゃん聞きたまえ!
さあ、遠慮はいらないぞ!」



白波は手にしていた一枚のコピー用紙を質問者である茜に手渡した。



大東亜生まれ。

以上。



「……いや、もうちょっと詳しく書いてくれないと……」
「群青さんは実力とやる気があれば充分だと」
どこぞのアルバイト募集のようなフレーズである。

「明るくフレンドリーな職場とも聞きました」
何だかブラックな香りが漂っているフレーズだ。


ともあれ、このままでは三人が計画した『自己紹介から会話を盛り上げて仲良くなってしまおう大作戦』は失敗に終わってしまう。
茜は慌てて会話を続けた。


「しかし、同じ職場で働くという以上はお互いの理解を深め、より信頼し合える関係にならなくてはいけないじゃないですか」
「そうですか」
「そうですよ。そこで、こちらからいくつか質問させていただきます。ちゃんと答えてください」
「分かりました」
「ではまず、この私茜から。年齢は?」
「女性に年を聞くのはとても失礼な事ではないかと思います」
軽いジャブから入った茜だったが、正論という名のカウンターを右ストレートで叩き込まれた。


「そ、そうだね……うん、ほんとそうだよね……」
「じゃあ次は俺だ。名前は若葉。スポーツか何かはしていたか?」
「身体を動かす事は得意ですが、特にこれと言ったスポーツはしていません」
「じゃあ次に……今までどんな仕事、もしくはバイトをしていたか聞かせてくれ」
「高校時代にはファミレスで一年ほどアルバイトを。普段は事務職をしています」
「ふーん、なるほどね」

意外にも当たり障りのない質問をし、それを自分のメモ帳に書き記していく若葉。その姿を見たほかのメンバーは若葉の
評価を高めたが、彼の視線が先程からずっと白波の脚にしか向けられていない事に気付いて頭を抱えた。
ようするに、白波の脚がどんな経歴を送ってきたのか、それを知るための質問をしていたのである。さすがの若葉も
この場で「脚に触らせてくれ」と言えるほど勇者では


「じゃあ最後に。脚に触らせてくれ」


ダーマ神殿も裸足で逃げ出すほどの勇者だった。もちろん当然却下である。


「次はアタシ、萌黄よぉん。同じ乙女同士、仲良くしましょう?(バチコーン」
「うわっ……」
「あらぁん? 今何か言ったかしらん?」
「いえ、ちょっと咳をしただけです」
「ウフフフ、そんなに緊張しなくていいのよ。そぉね……ありきたりだけど、好きな食べ物は何かしらん?」
「するめの頭の部分、あの三角形のところなんかは好きです」
色気もそっけもない。

「ふぅん……あなた割りと通なものが好きなのね。個性的でカーワーイーイー↑」
「うわっ……」
「何か言ったかしらん?」
「いえ咳です」


萌黄の質問が終わったと同時に、どこからともなく、ニュルンベルクのマイスタージンガーが聞こえてきた。
全員が音のした方を向き、音の正体を知って溜息をついた。

「フフフフ、次は僕の番ッスね!」
黒瀬は美しいとも下手とも言えない微妙な音色を奏でていたアルトリコーダーをパンツに突っ込み、白波に向けて
ビシッ、と指をさした。

「好きな色は何ッスか!?」
予備動作の割にはベタベタの質問である。
「そのカッコは伊達ですか」
茜は溜息混じりに呟いた。

「給食の残りの残飯を一つの鍋に入れた時のような、ああいう混沌とした色が好きです」
想像してしまったのか、黒瀬は頭を抱えて俯いた。



そして最後に、群青。
「白波君に聞きたい。僕は異性としてどうかな!?」

「あー! ずっりー群青さん! それが許されるなら俺だって色々聞きたかったですよ!」
「フン、自分の顔を鏡で見て来い、茜。この中じゃ俺一択だろ」
「寝言は寝て言えよ脚フェチ。なんなら永眠させてやろうか?」
「僕だってマスクを取ったらルックスはイケメンッスよ!」
「もぉん、男って本当にケ・ダ・モ・ノ(はぁと)なんだからん」

群青の質問を皮切りに騒ぎ出すメンバー。そんな醜い光景を余所に、白波は汚い物を見るような目で一言。



「人として無理です」



変態たちは一斉に黙った。
「あっはっはっは! いやー実にストレートに言うね! ひょっとして白波君、僕たちを馬鹿にしているのかな?」
「馬鹿じゃないですか」
「ぐ……」

喉まで出かかった罵声を必死に飲み下ろした群青。ここで怒鳴るのは簡単だが、それではあまりに大人気ない。
もしかしたらただのツンデレという可能性もあるし、すぐに怒ったりしたら度量の狭い人間だと思われてしまう。
それに、せっかくここまで進めた採用試験なのだ。相手のことを深く知らないまま不採用にしては、今までの苦労が
水の泡となってしまう。

「ふむ、まあ今の発言は多目に見ようじゃないか。僕は心が広いからね!」
「瀬戸内海くらいの広さッス」
冗談を言った黒瀬の頭を引っぱたき、群青は席に戻った。



「それでは改めて。君は何が出来るんだい? 我が隊にはそれぞれ、優秀な人材が揃っている。このメンバーの中にいても
光り輝くような、そんな特技を持っているかい?」
「特技というか……趣味でしたら、一応は」
白波は持ってきたバッグを開け、そこからガラス製の円柱状の物を取り出してテーブルの上に置いた。


それを見た一同の顔が一斉に強張る。


彼女が取り出した物は、ガラス製の小瓶だった。350ml缶を少し横に大きくしたような、食品の保存をはじめとし、多方面で
使われている用途の広いものだった。
ただ、彼女のそれは、明らかに異質――いや、異常な使い方をしていた。


「これが私の趣味です」
大小様々な眼球が、小瓶の中を泳いでいた。小さいものは恐らく魚のもの、大きいものの中には、考えたくはないが、
人間のものと思しき物もあった。

そう。彼女の持っている小瓶は、多種多様な眼球がホルマリン漬けにされていたのだ。
「ひとしきり愛でた後は、こうして保存しています。瞳が白く濁ったものも独特のあじがあって素敵です」

続いて白波は、スーツのポケットから何の変哲もないスプーンを取り出した。あえて言うのであれば、先端がフォークのように
三つに割れているスプーンだったということくらいだろうか。


「基本的にはこれを使って採取します。対象によって使うスプーンの大きさは変えますが」
淡々とした口調で語る白波。人は自分の趣味を語るときに口調が熱くなるというが、彼女の場合は平静としすぎていて逆に
恐ろしかった。

白波は押し黙っている五人の顔をじっと見渡した。席を立った彼女はそのまま、茜の元へ向かっていく。


「な、なんでしょうか?」
すっかり縮こまってしまった茜。普段の強気はどこへやら、まるで小動物のような怯えようである。

「あなた……中身は腐っていますが、なかなか素敵な目をしていますね。タイプです」
言いつつ茜の頭を両手でがっしり掴むと、彼の左目にべろりと舌を這わせた。

「うひぃ!?」
「反応もなかなか……味も、悪くはないですね」

経験したことのない感覚と異性に舐められたという事実としての快感。それ以上に、それまで表情に変化のなかった白波が
微笑みを湛え、先程のスプーンを手で弄んでいる光景が恐怖として脳髄に叩きつけられていた。


「え、ちょ、これマジ? え? え? う、嘘だよね?」
「それでは、失礼します」
「いやいやいや! ちょ、これ失礼とかそんなレベルじゃないから! 助けて! 誰か助けて! 群青さん、若葉、萌黄さん、
黒瀬さん!」
茜は心の友である同僚達に助けを求めたが、彼らは皆一様に、目を瞑って合掌していた。ご愁傷様、ということである。


「ぎゃー! やーめーてー!!」


結論として言えば、茜は何とか助かり、白波は不採用となった。
変態政府と他称されている五人は気付いていなかった。この世には、『類は友を呼ぶ』という言葉があることを。



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送